睦月 4

 正直、多喜さんがそういう記念日を忘れる人なのだということに驚いたが、それでも昇進して役付きになった多喜さんがこの1年、目も回る忙しさだったのを俺は近くで見て良く知っている。だから多喜さんだけを責める気にもなれなかった。
「……俺は会社でずっと多喜さんを見ているから……少しだけ、言わせてください。多喜さん、部下にすごく慕われている上司です。俺はもちろん、他の人たちからも頼られて信頼されています。今までも悪くはなかったけど、多喜さんが上になってから俺たちはすごく仕事がやりやすくなって感謝してるんです。……だから、その分、多喜さんはいろいろ見えないところで動いてくれてる。一彰さんに寂しい思いをさせたのは、ちょっと酷いと思いますけど、職場ではなくてはならない人として、その、頑張ってるって俺が言ったら変だけど。でも……多喜さんが忙しすぎるのは、きっと俺たち部下の出来が良くないのもあるんです。だから、その……。……すみませんでした」
 話しながら何を謝っているんだろうかと思ったけれど、それでも知ってほしかった。
 会社での多喜さんを。
 一彰さんは黙って俺の話を聞き、話が終ると「ふうん」と言ってテーブルに肘をつき、その上に細い顎を乗せてちらりと隣に座る多喜さんを見た。
「おまえ、仲間に恵まれてるんだな」
「え?」
「居心地の良さそうな会社だなって言ってんの」
「……それはそうだけど」
 多喜さんが指先で頬をカリ、と掻いて照れた顔を見せた。
「……わかったよ。わかってる。ってか、もう、お前」
 そんな照れた多喜さんの背中を、一彰さんはバシッと音を立ててたたき、それからテーブル越しに手を伸ばして俺の頭に手を伸ばすと髪をぐしゃぐしゃと掻きまわした。
「いいヤツだな。ってか、お前が謝るようなところじゃないじゃん。なんでお前謝ってんだよ」
「それは、そうかもしれませんけど」
「智晴。気に入った。こいつが可愛い後輩っていう意味が分かった」
「え?」
「ちょっとこっち来いよ」
 一彰さんは俺の頭から手を放すと、ちょいちょいと俺を手招き、俺はなんだろうかと椅子から立ち上がって一彰さんの隣へ移動した。一彰さんはそのきれいな手を伸ばすと、椅子に座ったまま俺を見上げてくちびるの端に触れた。
「……ちょっと、赤くなってるな。さっきは悪かった」
「いえ、もういいですから」
 そしておもむろに俺の首筋に手をかけるとぐいっと引き寄せ、さっき触れた場所にくちびるを押し付けてきた。
「………っ、えぇっ?!」
 びっくりしたのは俺も多喜さんもで、多喜さんはガタガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、俺も身を引こうとした。けれど一彰さんはぐっと俺の首筋にかけた手に力を入れてそれを許さず、至近距離から俺を見てにっこりと……凶悪なくらいにきれいに微笑んだ。
「あんまり可愛いから、キスしたくなっちゃった。いいよな?」
「はいっ?!」
 いいもダメもいう間もなく、今度は正面から強くマウストゥマウス……一彰さんのくちびるは少しひんやりしていて、そして俺にくちびるを押し付けたまま笑う形に弧を描いた。
「いいだろ。だって智晴、あいつとはしたんだろ。だったら俺としてもいいじゃん」
「何言って……一彰さんっ」
「ダメ。もう一回」
 一彰さんはクスクスと笑いながら、その後も何度も俺にくちびるを押し付け、そして多喜さんはおろおろと俺と一彰さんを見ていたけれど、最終的に一彰さんの首を後ろから掴んで引き離し、ようやく俺は解放されたのだった。

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