睦月 5

 一彰さんが用意してくれたおでんは、切れた口の中に少し沁みたけれどとても美味しくて、俺たちは雑談をしながら夕食を食べ、酒を飲んだ。
 食べながら一彰さんは一度だけ申し訳なさそうな色を浮かべて「食ったあとで殴れば良かったな」と呟いて、俺はそれにもまた笑ってしまった。
 一彰さんの隣で柔和な表情を浮かべる多喜さんはとてもリラックスしていて、一彰さんは多喜さんを顎で使いながらも多喜さんの包容力に甘えていることがすぐに分かった。
 かなわない、と感じると同時に。なんて完成された二人なのだろうかとも思った。
 
 2人のいる空間は思いのほか居心地がよく、気づけば時計は22時を回っていた。「そろそろ」と立ち上がり、コートを羽織ったところで無意識にポケットに手を入れると、指先に固い感触を感じる。その瞬間、一彰さんに初めて会った夜、多喜さんが道で落としたリングを俺が拾い、そのままポケットに入れていたことを思い出した。
「あの、これ」
 すっかり返すことを忘れていたリングを摘まみ、どちらへ渡したものかと思いながら2人へ掲げて見せると、一彰さんが大きく瞳を見開いて「……あ」と声を漏らした。
「あの夜、拾ったんですが返すのを忘れていました」
 一彰さんの反応を見て、それを彼の前へ差し出すと、一彰さんは震える指で白く光るリングを受け取った。
「……もう、……見つからないかと思った」
 一彰さんの声はそれまでの調子とは全く違ってとても無防備で、それが彼にとってとても大切なものだったのだと知らされる。
「あの後、すぐに渡せばよかったんですけど。すみません」
「………いや、いい………拾ってくれて、ありがとう……」
 それを手の中に握りしめて、一彰さんは俺を見て微笑みを見せた。
 それはまるで幼子のような無垢な笑みで、その笑顔に俺ははまた見惚れてしまった。
「……一彰さんが言ってた、『大切なものを忘れて戻ってきた』っていう……その指輪のことだったんですか?」
 そう尋ねると、一彰さんは指輪を大切そうに左手の薬指に嵌めてから首を左右に振った。
「いや、それは違っていて……あっち」
「あっち?」
 一彰さんの視線を追うと、部屋の隅に黒くて細長いケースが置かれていた。
「あれは……?」
「俺のヴァイオリン。俺、ヴァイオリニストなんだ」
「へっ?!」
 予想外の告白に驚いて一彰さんを見る。一彰さんは指輪を包むように右手で触れながら、少し笑った。
「ここ、完全防音だからさ。日本に来たときはここに滞在して部屋の中で弾いてるんだ。今回も別れ話する直前まで弾いてて。でも別れ話したら完全に頭に血がのぼって、あろうことかヴァイオリン忘れて部屋出てっちゃってさ。次の日になって我に返った」
「……」
 なんて人だ。
「こっちじゃコンサートとかめったにしないんだけど。ま、やるときがあったら招待するから、聴きに来てよ」
 一彰さんは照れたように笑って、また俺の頭をグシャグシャとかき混ぜるように撫でて笑った。

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