如月 1

 辻の不在分の仕事はそのまま俺に降りかかり、辻が出勤停止になり3日後には俺は終電間際まで仕事に追われることとなった。何かの折に辻に電話をかけるようにしていたが、電話はつながることはなく、無機質なコール音を響かせていた。
 以前、こんなふうに俺が仕事に追われていた時には、辻が俺を気遣って食事の面倒を見てくれていた。
 味がやたら濃くて脂っこいばかりのコンビニ弁当は、辻の料理の味にすっかり慣らされた俺の舌には受け付けられないものになっていた。半分以上を捨てて、辻の作った手のこんだ懐かしい食事の味を思い出す。
 辻は、今、どうしているんだろう。
 どこにいるんだろう。
 何を考えているんだろう。
 辻に何度もメールを送ったけれど返事はこなくて、辻から電話がかかってくることもなかった。俺は着信履歴が途絶えたままの自分のスマホを眺め重い溜息をこぼした。
 嫌われたのかもしれない。
 呆れられたのかもしれない。
 当然だ。
 俺は、辻を裏切り、俺が原因で会社に来られなくなってしまった。
 辻に恨まれていても、俺は文句なんて言えない。
 けれど、目の裏に浮かぶのは、辻が何度も見せてくれて優しい笑顔だった。

 
「久野、ちょっと」
 あの事件があり一月が過ぎた時、部長室から出てきた多喜さんと廊下でばったり会った俺は、多喜さんに手招きされて同じフロアにある応接室へと呼ばれた。
「どうしたんですか」
 仕事の話ならオープンになっているフロアの片隅のミーティングスペースだが、応接室を選んだということは他の人に聞かれたくない話だということだ。
 向かい合って応接室のソファに腰を下ろすと、多喜さんが溜息をついてからこう切り出した。
「正式には今日の午後発表されるんだが……辻が、今日付けでシステム管理部に異動になった」
「……え?」
 システム管理?
「明日から辻はシステム管理部に出勤する。辻の私物は社内便でシステム管理部に送るから、忙しいところ悪いけど、久野、ちょっと見てやってくれないか」
「あの、多喜さん! それって……」
 システム管理部はこのビルではなく、神奈川郊外のビルだ。おまけに営業として頭角を現し始めた辻の異動先としてはまったく納得いかない部署だった。
「……ほとぼりが冷めるまで、1年か2年か。その後、また違う部署に異動になるだろう。この会社はスキャンダルになりそうな事柄を嫌うから……」
 多喜さんがぽつりと言って、俺たちの間にあるローテーブルの天板に視線を落とした。
「……辻は、もう、営業にはもどれないってことですか」
 俺から見ても辻にはセンスがあった。辻が左遷されるとしたら、俺の責任だ。
「……うちはかなりの実力主義で、結果を残せる人間は多少問題を起こしたとしても出世できることが多い。辻が他の部署でも今までのような調子で仕事をし続けることができれば、きちんと評価してもらえる可能性は高いよ。でもすぐには無理だ」
「……っ」
 言いようのない悔しさと腹立たしさを感じて唇を噛み、膝の上で両手を握りしめた。
 辻の未来を、俺が潰した。

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