如月 2

 やりきれない気持ちで辻の少ない荷物を整理し、空き段ボール箱につめて社内便でシステム管理部に送る手続きを取った。きれいに整理整頓された辻のデスクは、あいつの性格をそのまま表していた。
 まっすぐで、ひねくれたところがなくて、爽やかで。
 辻のデスクを片付ける俺の後ろに、いつのまに来ていたのか部長がいて俺に声をかけてきた。
「久野、片付けてもらって悪いな。後任はできるだけすぐ手配してもらえうように頼んでるから」
「……」
 辻がどうしてあれほどまでに激高したのか、その理由を知っているのは俺だけだ。
 傍からみたら、急に上司に掴みかかった辻は「入社試験の時には見抜けなかったが、人間性に問題がある社員」だとみなされたのだろうか。
 辻の、神経の細やかさや優しさを見ることはなく。
「……辻は、俺が多喜さんに殴られたと思ったんです」
 気付けば、そう呟いていた。
「あいつはまっすぐなヤツだから、誰かが暴力にさらされたかもしれないってことが、我慢できなかったんです」
 あの時も、その後も。
 俺も多喜さんも何度も訴えたけれど。
 でも言わずにはいられなかった。
「分かってる。……しかし、どんな理由があっても、わが社の社員として、あれは褒められる行動ではないということも、久野は理解しているだろう?」
「……だけど」
 それでもなお言いつのろうとする俺の肩を多喜さんが掴んだ。
「部長、すみません、久野も分かってます。久野、ここはもういいから。関さん、あとやっといてもらえる?」
 多喜さんが場を取りなすようにそういうと、俺の腕を掴んで引きずるようにオフィスを出ていく。俺は多喜さんにひっぱられるままにまだ何かを言ってしまいそうな自分の口を奥歯を噛みしめることで耐え、廊下に出た。
「久野、分かるけど。……もう、俺たちにできることは何もないんだ」
「でも……!」
 反論しようとして正面から見た多喜さんは、言いようもない辛そうな表情を浮かべていた。
「……」
 そこで初めて気づいた。
 原因の一端にもなった多喜さんも、俺と同じように罪悪感を感じていて、部下である辻が部署を移動させられることに納得いっていないのだということに。
「……あの」
 気づいたら、口から言葉が零れ落ちていた。
「……俺、……ちょと、抜けます」
「久野?」
「すみません。夕方までには戻ります」
 どうするのが正解かなんてわからない。
 でもこのままにしておけない。
 俺は多喜さんに頭を下げると、エレベーターホールに向かって走り出した。

 平日の昼間の住宅街はとても静かで、明るい冬の日がさんんさんと降り注いでいた。
 風さえなければとても暖かく、民家の軒先に植えられた梅の木はたくさんの花を咲かせていた。
 強引に会社を抜けてきた俺は地元の駅に戻り、辻の家に向かって歩いていた。もしかしたらいないかもしれない。でも、不思議な予感があった。
 あいつはあの庭にいて、土に触れているような。そんな気がした。
 辻は俺になんて会いたくないかもしれない。
 あれだけ電話をしたけれど一度も辻が応答することはなく、辻から折り返し電話がくることもなかった。
 もしかしたら、ただの迷惑になるかもしれない。不愉快さに拍車をかけるだけになるかもしれない。
 これは、ただの俺の自己満足なのかもしれない。

 多喜さんに勢いで告白して振られた後、俺は怯えて多喜さんとまともに会話をすることも、顔を見ることも出来なくなってしまった。
 でも俺は、辻とそうなってしまうのは嫌だ。
 もし辻が俺を嫌いになっていても……
 俺を恨んでいても、俺は、多喜さんのときのように逃げたくない。

 あの夏の日の夜。
 俺の手を掴んで「好きだ」と言ってくれた辻のまっすぐさに
 俺と連絡が取れないからと、俺の家まできてくれた辻の優しさに
 俺は、少しでも追い付きたい。

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