如月 5

「……辻、あの………お前が、誤解されて……本当に悪かった。俺のせいで」
「違います。久野さんは悪くない。係長も悪くない。勝手に誤解した俺が悪いんです」
「でも、お前の経歴に傷をつけた! こんな……」
 言いかけた言葉がのどに詰まる。
 辻は新人ながらばりなりと仕事をしていて、このままうまくいけば、かなりのところまで登り詰めることが可能だったのに。
「……っ」
 言葉が出てこなくなり、俺はこたつの天板に視線を落とした。
「……本当に、申し訳ない。俺のせいいだ……」
 どれだけ謝っても、きっと足りない。
 辻が俺と関わらなかったら。ただの先輩と後輩だったら、こんなことにはならなかったのに。
「ごめん、辻、ごめん……」
 謝罪する声が震え、唇をかみしめたその時。
 辻の優しい声がした。
「……久野さん、顔、上げて下さい」
「……」
 おそるおそる視線を上げると、辻が穏やかな顔で俺を見ていた。
「いいんです、その事は、本当に。いきなりキレた俺がどう考えたって悪い。……それに、俺の今後の会社でのポジションを心配してくれているのなら、それこそ心配ご無用です」
「……え、なんで。だって」
「……本当は言うつもりなかったんですが、俺、そんなに長くあそこで働く予定ではないんです。せいぜい、5年くらいのつもりでいました」
「なにそれ、どういうこと?」
 混乱して問いかけると、辻は少しだけ視線を揺らし、それから俺を見て僅かに肩を竦めた。
「俺の父親、香港にいるって言ったでしょう。向こうで会社をやっていて、そこを継げと言われています。でもどうしてもそれが嫌で……、まあ、父親から逃げるために一般企業に就職した、というのが本当のところなんです」
「……え、そうだったのか?」
「はい。でも、仕方なくで就職した先で、久野さんに出会えたから……塞翁が馬、ってやつですね」
 辻はにこりと、まるで太陽のように笑った。朗らかに、陰りなく。
「最初はしばらく他で勤めて、いよいよ逃げられなくなったら香港に行くかどうか決めようと思ってましたけど……他に、やりたいと思うこともでてきたので。いずれにせよ俺はあの会社で骨をうずめる気は全くないんです。だから、異動とか経歴とか、どうでもいいんですよ」
 全く思いもよらなかった辻の人生設計に、俺は驚きを隠せずにぽかんと辻を見ていた。
 まさか、だってまだ、うちの会社に入社して研修を終えて営業部に配属されて、ようやく1年経つか経たないかなのに。うちはそこそこの大手と呼ばれる会社で、一度入ればほぼ一生安泰だと言われているところでもある。
 それが、もう辞めることを考えているやつが……辞めることを前提に入社してきているやつがいるなんて、考えもしなかった。

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