fortune kiss 3

 諒が待ち合わせ場所に着くより早くレオトは到着しており、カフェの前に愛車のZEPHYR750を止め、それによりかかるようにして待っていた。
「レオト……ごめんね、昼間はいきなり電話して」
 カリスマ美容師は、その腕よりもルックスで雑誌にひっぱりだこなのではないかと疑うくらいに整った容貌をしている。母親がアメリカ人で元モデルだったというだけあって、日本人にしては長身過ぎる身長に、体の半分以上が足ではないかと疑いたくなるくらいのプロポーションは、通りを歩く人々の目を充分過ぎるくらいに集めていた。
 諒とレオトは高校時代からの親友で、しかし、数年前からその関係は微妙に変わりつつあった。
「いいよ。気にしないで。それより乗って」
 早春の風のような爽やかさで笑いかけ、ヘルメットを渡される。すっかり馴染んだヘルメットを被り、レオトの後ろに跨ると、バイクはにエンジン音も高らかに通りを走り出した。
 風を切り、振動を感じ、レオトの肩を掴んだ両手に入れていた力をそっと抜いて、軽く置くだけにする。
 速度を上げていくたびに強くなる風を感じながら、諒はゆっくりと目を閉じた。
 「諒。俺、君が好きみたいだ」
 レオトに初めて告白されたのは、別々に入った専門学校を卒業する直前。聖一郎とブランドを作る事になり、聖一郎への気持ちを自覚した時とほぼ同時だった。
 三月の、まだ冷たい夜。切ないくらい真剣なレオトの淡い茶色の瞳がきらめいていたのを思い出す。
「……ごめん、俺……」
 親友だとばかり思っていたレオトの告白に戸惑い、口ごもった後、諒はまっすぐに親友を見つめた。
「俺、好きな人がいるから」
 レオトは一瞬深く傷ついた顔をして、それからそれを脱ぎ去るようにゆったりと微笑んだ。
「そうか……。分かった。……きゅうに、ごめん。——でも………これからも友達でいさせて?」
 当たり前だろ、と言った言葉は、抱き寄せられたレオトの胸の中に消えた。
 それは、とても儚い抱擁だった。
「俺、諒のためなら何でもするから」
 聞こえるか聞こえないかの声で告げたレオトが腕を緩めるまで、諒は身じろぎもせずにその中にいた。
 レオトはその言葉どおり、いつも諒を見守り、助けてくれた。
 何がきっかけで、聖一郎への恋心をレオトに話したのかはもう覚えていない。それでも、レオトは聖一郎に恋人が出来て落ち込む諒を励まし、支え続けてくれた。
 諒が同性に恋をしているという事はレオトしか知らない。恋に苦しむ気持ちを聞いてくれるのも、レオトだけ。
 レオトの気持ちをわかりつつも、諒はそれを受け入れる事が出来ずにいた。
 自分は、レオトを利用している。
 何を言っても笑顔で受け入れてくれるレオトに甘えすぎている。
 そんな罪悪感に心を引っかかれながらも、諒はレオトとの関係を変えられずにいた。

 バイクで向かったのは多摩川の河川敷だった。
 春の夜の暖かい風のなか、バイクを降りて一緒に川原を歩く。
 広い空間を穏やかに抜ける風に、心が次第に落ち着きを取り戻していくのを諒は感じていた。
 しばらくすると、少し前を歩いていたレオトがふと振り向いた。
「……何があったの? 話せそうなら聞くよ?」
「……」
 降り注ぐ月光にレオトの茶色い髪が鈍く光るのを見ながら、諒は言葉を探した。探しながら、また傷ついた。何を言ったところで、どんな言葉を選んだところで現状は変わらないのだ。
「……セイが、結婚する事になったって……」
 それでも、自分の口から言葉にすると、それは鋭利な刃物に姿を変え諒の心に突き刺さった。
 痛い。
 傷口からは、諒の心が……レオト以外には明かせない想いがどくどくと溢れ、流れ落ちる。
 諒の言葉を聴いたレオトは黙ったまま、じっと諒を見つめた。
「再来月……式を挙げるって。……ドレスとタキシードを作って欲しいって……頼まれた」
 先ほどの事実を告げる声が震えて、掠れた。やはり、ショックは思った以上に大きかったらしい。
 レオトがそっと諒の肩に触れ、静かに問い掛けた。
「それは……引き受けたの?」
 黙って頷くと、やはりレオトも黙り込んだ。
「本気で、作る気なの……。作れるの?」
 長い沈黙の後、そう訊ねられ、諒は先ほど聖一郎の前でしたのと同じように頷いて見せた。
 本当は作りたくないなんていえない。
 しかし、大切な聖一郎の、大切な日の服だ。 それを任せてもらえるなんて、それだけで幸せな話。きっと、聖一郎はそれを覚えていてくれる。 聖一郎とその花嫁の、一生に一度の大切な日のために作られた衣装は、諒がパターンをとり、縫製したのだと。
 レオトは無言のまま、諒をそっと抱き寄せた。
 その腕に身を任せ、固く目を閉じる。
 聖一郎に恋人が出来てから、今日までの間。レオトはよくこうして諒を抱きしめてくれた。高校に入学するまでの殆どの時間をアメリカで過ごしたレオトにとってはごく自然な行為に違いない。しかし生粋の日本人である諒は、他人の体に触れる事が殆ど無い。レオトにこうしてスキンシップをされるまで、人の温もりは心の痛みを和らげる事を知らなかった。 抱きしめられているだけで、いつもは大分楽になる事が出来た。
 ……今日は。
 痛みはずっと去ってくれなかった。
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