fortune kiss 4

 聖一郎と二人で興したブランドは、勝手気ままに出来る分、全てを自分達で負わなくてはならないので決して楽ではなかった。
 聖一郎がデザインし、諒がパターンを取って二人で縫製を行う。それを莫大な数の友人知人を持つ、聖一郎の弟・潤一郎に着せ、ポップを持たせて外を歩き回らせた。
 全てを手作りしたい、というのが二人の希望だった。
 工場に任せるのではなく、型紙を作り、裁断し、縫製をし、販売までを自分達で行いたい。全てが見える服作りをしたい。安物の大量生産ではなくて、自信を持って一品一品を作りたい。
 だから、店舗への営業活動というのは最初から考えていなかった。
 潤一郎のばら撒いたポップを見た人たちから連絡が来るようになるまで、そう時間はかからなかった。見目麗しい潤一郎が、学生時代から明らかに周囲より抜きん出たセンスと才能を持つ聖一郎のデザインした服を着て歩いているのだ。それはとても潤一郎に似合っていたし、服もトルソーに着せた時には想像も出来なかったくらいの輝きを放っていた。それを見て「自分も欲しい」と思わない人間はそうはいないはずだった。
 作業場は、常に両親が海外出張をしている上、無駄に広い聖一郎のマンションになった。 最初のうちは全て顧客ごとに作るサイズを変えて「その人のためだけの服」を作っていた。二人はフル活動で注文者を聖一郎のマンションに呼び、サイズをはかり、似合う色を見つけ、服を作り続けた。
 幸せな時間だった。
 寝る時間以外の全てを聖一郎とともに過ごした。
 布と、鋏と、ミシンと、聖一郎と。
 二人きりの空間で、聖一郎のイメージを形にする。
 完成品を渡された顧客は皆一様に感激し、大喜びをして帰っていった。
「諒、次はこいういう形のシャツで行きたいんだけど」
 聖一郎に渡されるデザインはいつもスタンダードでありながら、ありきたりの枠を少し外れてセンス良く、ノーブルな中に砕けたような優しさがあった。
 そう、まるで良く晴れた日曜の午後に、ちょっと気取ってテラスで飲む紅茶。
 誰か、大切な人と二人。丁寧に淹れたお茶を飲む。
 そんな柔らかな空気を纏っていた。
 聖一郎のイメージを大事に、トワルを組む。
 それが綺麗に組めたときの喜び。
 それを見た、聖一郎の嬉しそうな顔。
 どうして気づかなかったのだろう。
 人生の中で、幸福の数が決まっているとしたら、諒はあの時に全てを使い果たしてしまったのだ。
「セイ、雑誌社から取材の依頼が来たよ」
 聖一郎の留守中にかかってきた電話。
 それが二人の時間を崩壊した。
 記者は片足を引きずるようにして歩く若い女性だった。決して派手ではない。野の花のように清楚なイメージの、優しい面影の女性は、榎本美和と名乗った。彼女の印象……どちらかというと、地味で人の波に埋もれてしまうような印象に、諒には自分と同じ種類の人間だと直感した。
 似たもの同士。
 そう感じたのは間違いではなかった。
 しかし、違ったのは。
 美和は、自分の気持ちに素直だった。
「俺、榎本さんに告白をされたんだ……」
 どんどん増える依頼をこなし、なんとか空いた時間をみつけて一緒に食事を取りに言ったレストランで、聖一郎にそう告げられた。
 諒は、なんと言えば良かったのだろうか。
 美和には何の罪も不足も無い。
 不自由な足を十分カバー出来るくらい、他者に対する思いやりと優しさを持っている。かつて西日本で大震災が起きたとき、自分が受験生である事も忘れて現地にボランティアに飛んで行き、一浪したという逸話を持つ人だ。いつも自然な微笑を浮かべている、美しさと芯の強さを併せ持つ女性だった。
「きっと、セイにお似合いだよ」
 美和によって雑誌で紹介された二人のブランドは有名になりすぎた。
 二人では依頼を捌き切れなくなり、散々議論を重ねた末、人を雇い、完全オーダーメイドをやめる事にした。スタッフがどんどん増え、聖一郎の家も手狭になった頃、美和の紹介で代官山の空き店舗を破格の値段で借りる事になった。狭い一階は店舗用に、だだっ広い二階はアトリエに。
 カレンダーなど関係無しに昼も夜も、毎日、二人だけで服を作った夢のような時間はもう無い。
 聖一郎には休日が出来、それは美和と過ごすためのものになった。
 聖一郎がいつか結婚する事も分かっていた。
 美和を憎めれば楽かもしれない。
 しかし、それが出来ない事で、余計に諒は傷ついた。
 痛みをともに抱きしめてくれるのはレオトだけだった。
 聖一郎にデザインを渡された時、受け取る諒の腕が震えた。
「諒、具合悪い?」
 心配そうに覗き込んでくる聖一郎に無理矢理作った笑顔を見せながら、諒はデザインを見た。
 純白の衣装。
 ゆったりしたドレスの裾が踝までの丈なのは、片足を引きずる美和が、裾を踏んで転ばないようにという聖一郎の気遣い。ハイヒールではなく、リボンをあしらったフラットシューズなのも美和が歩きやすいように。それに合わせて、全体が可愛らしいイメージでデザインされている。
 そんなところに気づいてしまうくらい、聖一郎を知り尽くした自分が嫌だと諒は軽く自嘲をもらした。
 聖一郎のタキシードは、それに合わせてやはりカジュアルな印象がある。上背があり、クールな美貌を持つ聖一郎に似合うのは、もっと洗練されたスマートでーブルなデザインだった。そんな事はあっさり無視して、花嫁に合わせてしまう新鋭デザイナー。
「素敵なデザインだね……きっと、ふたりに良く似合う」
 なんとかそう言うと、聖一郎は瞳を細めた。
「布も、もう見繕ってあって再来週届くんだ。サイズを取るために美和を今夜ここに呼ぶから」
 それに頷き、諒は何気なく聖一郎の手を見た。
「セイ、指輪……しないの?」
 自分から純粋な疑問を口にしながら、その言葉の意味する所を知り、諒は胃がせり上げるような息苦しさを覚えた。
「あぁ」
 聖一郎は自分の左手を見て、薄く笑った。
「仕事中はね……。自分でアクセサリーをつけるのは、あまり好きじゃないし」
「そう」
 頷き、聖一郎に背中を向けた。さっきまで取り組んでいた製図引きに再度取り掛かる。
 夢中になう。
 パターンを作っているあいだは無心になれる。
 考えたくない……。
 そう思いつつも、気づけばこう口走っていた。
「トワルは来週末までには作るから」
「忙しいのに、仕事を増やして悪いな。縫製までいったら手伝うから」
「いいよ、気にしないで。それに、花婿なんだから全部俺に任せていいよ。ご祝儀代わり」
 明るい口調で応じながら、滲む涙を必死で耐えた。

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