みつめる愛で 2

此処にいると、どうしようもない疎外感や、虚無感を感じる。
まるで、彼らのつまらない未来をまとめてごちゃ混ぜにした箱の中に閉じ込められているみたいだ。
此処では上手く呼吸をする事が出来ない。
美味しい酸素は存在しない。
あるのは、安っぽいドラッグの匂い。
自堕落に、堕ちていくための。
チャイムが鳴ると同時に教室の前の扉が開き、教授が入ってきた。
初老の教授は、狭い教室に詰め込まれた学生を眺め、小さく何度も頷く。そして教壇に立ち、一年間の授業の流れや、出席は取らない事、レポートの回数、注意事項などを話し始める。学生達はこの時ばかりは静まり返り、真剣に教授の声に耳を傾ける。
教授はやる気のなさそうな様子で10分ほどかけてあらかた説明を終えた後、半眼でもう一度室内をぐるりと見渡した。
200人の生徒が受講登録をしても、実際に授業に出てくるのは20人もいればいいほうだろう。
教授の胸を内を察し、俺は少し切なくなる。
教授の視線を追うように俺も教室を眺め、開きかけた後ろのドアに目が行った。
彼が、こっそりと入ってくるところだった。
かなり遠くに……しかも、人数がたくさんいるにも関わらず、視線がばっちりと合う。
すると、微妙に顔をしかめた。
さっさと後ろの方の空いた席へ座る。
そんな彼に気づいたのか、北野が小さく囁いた。
「あいつとは同じゼミにならないといいな」
彼と俺がよく目があう事を北野は知っていて、なぜか彼を毛嫌いしていた。
理由も無いのに。
そうだね、と音声でだけ同意する。
あいつより、お前とだけは同じゼミになりたくないんだよ、と心の中でつぶやきながら。

どうして、北野のようなやる気の無い連中とつるんでいるのか、自分でも良く分からない。
入学した直後の必修の授業で隣り合わせ、それから何となく言葉を交わし、携帯の番号を交換した。
授業をサボれるだけサボり、たまに学校に来るときは遊びに来て、テストの前だけノートをコピーさせろとせがむ。
そんな彼らを心の中で軽蔑していた。
何となく最初に仲良くなってしまったせいで腐れ縁のようにまとわりついてくる。
うざったいと思いながらも、人目を気にして、誰にでもいい顔をしたい俺は拒否せずに笑顔で応じる。
卒業したら、これきりだ。
そう思いながら。

暁大学を受験したのは、仙田教授がいたからだ。
高校三年生の夏休み、たまたま手に取った本に激しい衝撃を受け、共感し、何度も読み返した。作者は仙田竜彦。大学の経済学部の教授だったが、本の内容はそれほど難解なものでもなければ、経済よりは地球環境の保全について記されたものだったから作者のプロフィールを見ても「経済学の教授?」と府に落ちなかった。
たまたまその時、俺が受験生だったという事もあり教授が教鞭を取っている大学を調べたところ、経済学部にありながら環境保全について研究できるゼミを教授が持っている事を知った。
転機だった。
深く考えるような余裕は無かった。是が非でも、暁大学に入学して、教授のゼミに入りたい。取り付かれたかのようにそう思い進路を変更した。
それまで理系に進もうとしていた俺が急遽方向転換したため、周囲は驚いていたが俺は夢中だった。
高校三年の夏も終わろうかという時期に、無謀かも知れない。しかしどうしようもなく仙田教授のもとで勉強をしたいと思った。浪人も覚悟していた。
それくらい俺の決心は固かったし、運命のようなものすら感じていた。
大学自体は歴史はあれど三流と呼ばれる大学だった。それでも、理系から文系へ転向した俺が現役で合格できたのはラッキーだったのではないかと思う。
高校三年の秋から春までを全力で走りぬけ、憧れていた大学に、胸をときめかせて入学した。
それまでだった。
学生は一様に、他の大学の滑り止めで入学してきたか、「どこでもいいから、とにかく『大学生』になりたかった」というような奴ばかりで、必修の授業すら教室は閑散としていた。
一見つまらなさそうな授業でも、真剣に耳を傾ければ面白く、一時間半はあっという間だった。
俺は一年の時から仙田教授の授業を取り、ゼミ生でもないのに教授の研究室に入り浸り、あっという間に教授や、教授の教える大学院生達と仲良くなった。
俺が学校に来るのは、サークルでも、女の子でも、『大卒』というステータスを手に入れるためでもなんでもなく、教授と話し、教授の下で勉強がしたかったからだ。

入学してまもなく、何がきっかけだったかは忘れてしまったが、俺を見つめる視線があることに気づいた。
視線のもとを辿るといつも同じ人物がいた。
同じ学部で、同じ学年で、学籍番号も近かったため、語学のクラスが一緒だった。

それで、彼の名前を知った。
桐生透哉。
なぜ、彼が俺を見るのか見当もつかなかった。
学内のどこかで、ふいに視線を感じる。
辺りを見回すと、必ず視界のどこかに彼がいた。
俺を見ていて目が合う事もあれば、俺が視線に気づき彼を見つけたときにはもう別の方向を見ていたり、何かをしていたりした。
俺を見つめる視線の全てが彼が発するものだったといえば、思い込みだと言われてしまうかも知れない。
それでも、その視線の質、温度、強さ。
それは、いつも同じだった。
確信を持って言える。
彼は、同じ空間にいればいつも、こっちが気づくまで俺を見ていた。

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