fortune kiss 7

 レオトが毎晩迎えに来てくれるのは、聖一郎の結婚で落ち込んでいる諒を気遣っての事だ。レオトの聖一郎に対する態度が、ここ最近著しく事務的になったのも、おそらくそれが原因だろう、と諒は分かっていた。
 迎えに来てくれるレオトは、そのまま諒を食事に連れ出し、あたりを走り回りちょっとした所へ連れて行ってくれた。
 海や、高台や、公園や、土手や。
 広く、風通しのいい場所で、諒の心は一時癒され、その癒しの中でレオトの重ねるだけの口付けを受けた。
 レオトに甘えていた。
 そして、レオトの与える口付けを拒否できなかった。 それがどんなに残酷な事かは重々承知している。それでも、その僅かな温もりは一瞬でも諒の心を解きほぐし、呼吸を楽にさせてくれる。そのつかの間の休息を自分にとって必要なものだと無意識のうちに求めるようになっていた。
 家に帰り、聖一郎の顔を見ればまた胸は痛み、苦いものをかみ締める事になるのは分かっている。アトリエで時間をみつけて結婚式の衣装のパターンを、苦しい呼吸を我慢しながら作らなければいけない事も分かっている。
 一瞬でいい、苦しみから開放されて安らぎたかった。そして、レオトはそれを与えてくれた。
 レオトの手が諒の顎を持ち上げる。諒は瞳を閉じて温もりを待ち受ける。
 そこに甘さは無い。慈しみ、労わり、親愛の情の篭ったくちづけが交わされる。
 罪悪感を感じながらも、諒の手はいつのまにかレオトの背中に回されるようになっていた。キスを受け、レオトに抱き寄せられながら、癒しと同時に震えるような切なさも感じていた。

 最後の数日間は徹夜をし、約束した期日までになんとかトワルを組み終わった。
 聖一郎には仕事の合間に試着をしてもらい、美和には夜、アトリエに寄ってもらう事になっていた。
 二週間ぶりに会う美和は、一段ときれいになったように見えた。
 幸せな恋をしているからだろうか。
 諒は癖になりつつある作り笑いを顔にはりつけ、試着をした美和のトワルを細部までチェックしていると、美和が小さな声で話し掛けてきた。
「本当に、ただでさえ忙しいのにごめんなさい」
「気にしないで。俺がやりたくてやってるのもあるんだから」
 安心させるように微笑みながら、思う。
 大嫌いだ、と叫べればどんなに楽だろう。
 この女は、諒の何より大切なものを奪っていくのだ。
 叩きのめしたい。
 そんな衝動が、確かにある。
 しかし、美和を前にすると、諒の中に巣くう黒いドロドロした塊は静かに形を崩した。
「諒さんには感謝してるの」
「こちらこそ、セイを貰ってくれて。あいつ、あれでなかなかいい男だからね。美和さんは良い買い物をした」
 諒が冗談めかして言うと、美和はほんわかと微笑んだあと、寂しげな眼をした。
「羨ましいの、諒さんが」
「え?」
「聖一郎さんの『本物のパートナー』だと思うから……正直、適わないなぁって思う」
「……そんな事」
 ウェストの調整をしていた諒の手が止まる。動揺したのを悟られたくなかった。
「すごく強いつながりを感じるの。それこそ、私なんて入り込めないくらい。……聖一郎さんが、諒さんには凄く優しい顔をするからかな」
 意味を図りかねて、美和の前に跪いていた諒は思わず顔を上げた。
 美和はそんな諒の双眸を見下ろし、相変わらずの微笑みを浮かべたままで言った。
「聖一郎さんって、人見知りするでしょ?」
「え、うん」
 才気あふれるクールなデザイナーは、本当は心を許していない他人と会話をするのも、笑顔を作るのも苦手としていた。社交性は一般の成人男性よりも著しく低い。
「諒さんの前で見せる笑顔は、ちょっと特別って感じて、私はヤキモチを焼いたりするのよ」
 言葉とは裏腹に、美和は幸せそうな笑みを見せた。きっと、美和にはそれ以上の笑顔を向けているのだろう。
 諒はなんとか笑顔を保ったまま、ゆっくりと視線をトワルに移した。
「従兄弟で、一緒にブランドを立ち上げた仲間だから」
「ううん、本当に信頼して、愛しているからだわ。そういう目で、諒さんを見ていると思うの」
 美和の白い小さな体は、悪意や嫉妬や、怠慢や憤怒や……そういったマイナスの感情とは無縁なまま。小さな声は、世界の美しい言葉だけを紡ぐ。
 しかし、その美しい言葉は深く諒の心を抉った。
 何も知らない事は、幸福だ。
「私も諒さんが好き。諒さんとも血縁になれるのね。嬉しく思うわ」
 美和に聖母のような微笑を向けられ、なんとかそれに頷きながら、諒はもう少しで叫びだしそうだった。

NEXT

fortune kiss 7」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: fortune kiss 6 | fresh orange

ただいまコメントは受け付けていません。