fortune kiss 9

 いくらも走らないうちに、叩き付けるように雨が降り始めた。アトリエから近い場所にあるマンションだったが、そこにたどり着いた頃には服を絞れるくらいに二人ともびしょ濡れになっていた。
「雨、上がるまで寄って行って。服も乾かさないと」
 遠慮するレオトを強引に部屋に入れ、先にバスルームに押し込む。新しいシャツを出そうと探していると、部屋がだいぶ片付き、聖一郎のものが無くなっている事に気づいた。ここ数週間、毎晩遅い時間に帰宅し、ベッドとスルームしか使っていなかったから分からなかった。
 ……あと、ひと月。
 刻々と迫る結婚式。聖一郎がここから出て行くまでの時間。
 ぼんやりとそんな事を考えていると、バスルームから出てきたらしいレオトに肩を叩かれた。
「諒、何やってるの。早く濡れたものを脱がないと風邪を引く」
 レオトの優しい声を聞いた瞬間、張り詰めていた何かが切れた。
 諒は振り返り、レオトに抱きつくと自分からキスを強請った。レオトは驚きで体を硬直させたが、やがて諒を抱きしめると唇を深く重ねてきた。滑らかなレオトの舌に自分のものを絡め、肉の温度を分かち合う。レオトの背中を抱きしめながら、そこの存在する現実を振り払うようにキスを交わしていると、やがてレオトはそっと顔を引き、唾液で濡れた諒の口元を指先で拭った。
「もう、お終い。だめだよ、あんまり俺を煽っちゃ」
 苦笑いを浮かべてレオトは諒の頭をぽんぽんと叩いた。諒は頭を振ってレオトの手の動きを止めさせると、再びその胸に縋り付き、掠れた声で呟いた。
「……レオト、俺を抱いて……」
 理由も、理屈も、明確な何かがあったわけではなく、何かに操作されているとしか思えない行動だった。それでも、今日、このままレオトが帰ってしまう事は耐えられなかったし、一人で過ごす事も出来そうに無かった。強い性的欲求があったわけでもない。ただ、目の前にいる親友に全てをさらけ出し、身を委ねたかった。
「……諒」
 明らかに困惑を隠しきれないレオトが、しばらくの沈黙の後、そっと諒の体を抱きしめた。
「一晩中、そばにいてあげるよ? それじゃダメ?」
 囁くような声に、首を振って否定した。
 どれくらいの時間がたったのか。
 レオトが、先ほどまでとは違う、強い力でぎゅっと諒を抱きしめた。
「諒に、こんな言葉を言わせる聖一郎さんが憎いよ……」
 ぎりぎりに張り詰めた声に、思わず諒は顔を上げてレオトを見ようとした。しかし、レオトの手は諒の頭を抱きかかえ、それをさせなかった。
「抱いてしまいたい……諒を、俺の手で乱れさせたい。でも、それをしたら友達にも戻れなくなるから……許して。それは出来ない」
 胸が締め付けられそうなレオトの声に、諒はきつく瞳を閉じた。
 レオトに抱きつき、抱きしめられながら、自由になれない二つの魂を思った。
 不条理な鎖でがんじがらめになっている、哀れな魂。
 それを断ち切る鍵は、見えそうで見えない。霞みのように頼りなく存在だけを示し、追い求めようとするとあっさりと消えた。

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