fortune kiss 13

 シャワーを浴びてバスルームから出たところで、聖一郎の部屋に泊まっていた潤一郎と顔を合わせた。
「おはよう、久しぶりだね、諒ちゃん」
 聖一郎の弟であるにも関わらず、潤一郎の容貌にはクールさではなく甘さが漂っている。茶色みを帯びた髪や瞳がレオトを思い出させ、諒は思わず目を逸らした。
「久しぶり。これから空港に行くの?」
「そう。ごめんね、お邪魔しちゃって」
「気にしないで。気をつけてね。セイによろしく」
 急いでいるのであろう潤一郎のために道を開けながらなんとか笑いかける。すると潤一郎は、聖一郎がよくするように左の頬をきゅっとあげて笑った。
「あ、昨日伝え忘れてたんだけど、兄貴から伝言がもうひとつあってさ、『ちゃんと寝なさい』って。……まぁ、心配なさそうだね。レオトさんの子守唄付きだったし」
「え? 子守唄?」
 思いがけない言葉に聞き返すと、潤一郎はからかうように諒の額を突付いた。
「昨夜……三時くらい? レオトさんが帰っていく直前までね。なんか、俺まで幸せな気分になったよ」
 一体、何を歌っていたのだろう。
 困惑して潤一郎を見上げると、彼は楽しそうに笑いながら靴を履くために玄関のタタキに座り込んで言った。
「諒ちゃん、兄貴の結婚でへこんでるかなって正直心配してたんだけどさ、全然大丈夫だね。っていうか、逆に兄貴が寂しがってるんじゃない?」
「セイが? まさか」
 ちいさく笑って言うと、靴紐を結びながら潤一郎が見上げてきた。
「だって兄貴、ずっと諒ちゃん一筋だったからさ」
「……え?」
「それこそ子供の頃から。兄貴がデザイナーになったのだって、諒ちゃんのためだったでしょ?」
 俺のため?
 予想外の話に開きかけた口から言葉が出て来ず、諒は無言のままで潤一郎を見下ろした。靴紐を結び終わった潤一郎は鞄を持って立ち上がると、時計をちらりと見て慌ててドアを開けた。
「じゃあ、行って来ます!」
「え? あ、潤くん!」
 呼びかけた声が届く前に扉は音を立てて閉まった。潤一郎が階段を駆け下りていく音を遠くに聞きながら、薄暗い玄関で諒は茫然と立ち尽くしていた。

 その日の深夜、従業員が全て帰宅した後のシンとしたアトリエで、諒は余った布を使って裁断からやり直した。布がぎりぎり足りたのは奇跡だったと言っていい。昨夜かなりの部分をバラバラに引き裂いてしまっっていた。
 型紙を当て、冷や汗をかきながら裁断をし、何とか余った布で残りを取る事が出来た時は、安堵のため息が漏れた。
「間に合った……」
 鋏を手に、わずかに5センチだけ余った布をつまみ上げて、多めに布を注文した聖一郎の用心深さに心から感謝した。
 そしてぐずぐずしてはいられないと、針と片手に座り込み、仮縫いをしながらレオトと昼間交わした電話を諒は思い出していた。
 昨夜演じた痴態を詫び、自宅に送ってくれた上、寝付くまで付き添ってくれた事に礼を言うと、レオトはひそやかに笑った。ついでに、今朝潤一郎が漏らした「子守唄」について問うと、しばらくの沈黙の後、「後できかせてあげるよ」と乾いた風のように告げた。

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