fortune kiss 14

 一体、何を歌っていたのだろう。
 そんな疑問と共に、レオトに嘘をつき、八つ当たりをし、みっともないところを見せてしまった事を思いだし、深く嘆息した。毎晩諒を気遣いアトリエまで迎えに来て食事に連れ出し、普通以上の優しさで接してもらっている。諒もレオトに対して安心感を持ち信頼を寄せている。それなのに、レオトの望む関係になれない自分がレオトに依存する事に罪悪感も感じている。
 自分の態度はレオトを傷け付ける。傷つける事ばかりしている。しかし、一言も責めないレオトの前で、諒はいたたまれなかった。
 布を広げリズミカルに針を動かしていると、表で聞きなれたエンジン音がした事に気づいた。レオトのバイクだ。
 作業の手を止め、窓際に寄ると丁度真下にレオトがバイクを止めたところだった。そしてもう一人。
 レオトの後ろに跨っていた髪の長い女の子がピョンと勢い良くバイクを降り、ヘルメットを脱いた。彼女の身に付けた露出度の高いトップスが街灯に照らされ白く飛んで見える。彼女はレオトにぺこりと頭を下げると、アトリエの前の坂道を登っていった。
 それを見守りながら、諒はひどく喉がかわき、口の中がカラカラになっている事に気づいた。レオトがこちらを見上げたのに気づき、反射的に窓から離れる。布を握り締め、たった今自分の中に生まれた不愉快な感情を収めようと、深呼吸を繰り返した。
 そうしている間に、レオトが階段を上りアトリエに入ってきて柔らかい音色で声をかけた。
「お疲れ様、諒」
「あ……お疲れ様」
 僅かに震える声で返事をし、なんとか視線を上げると、レオトが近づき、諒の手の中にあった布に触れた。
「布、足りたんだ、良かった。……でも、昨日諒を途中で止めた方が良かったね。作り直しになっちゃった……」
 レオトの言葉に諒は目を伏せた。ドレスに関しては昨日までとはうって変わって素直な気持ちになっていた。
「いいんだ。……あれは、醜い心で作った服だから、きっとあの二人には似合わない。新しい気持ちで作リ直す。それが一番良かったんだ。結婚式なんだから、幸せを祈って作らなくちゃ、新郎新婦に着せる事が出来ないよ。……そんな当たり前な事も忘れてた」
 手の中の布を見つめながらそう告げた後、諒は顔を上げて、先ほどから気になっていた事を聞いた。
「さっきの……髪の長い子、誰?」
「やっぱり見てたんだ。諒が窓際に見えたような気がしたから」
 穏やかなレオトの言葉を遮るように、諒はもう一度繰り返した。
「誰?」
 我知れず強くなった語気に諒は自分でびっくりし、レオトも僅かに目を見開いた。
「あれは、お店の子だよ。この辺に住んでるっていうから、ついでだし乗せてあげただけ」
 その返事に、なんとなく胸をなでおろすと、レオトが僅かに笑いを含んだ調子で訊ねた。
「もしかして、妬いてくれた?」
「なっ、ま、まさか!」
 慌てて否定しながら、諒は頬に血が上るのを感じて顔を伏せた。赤面した自分を誤魔化すように、針を忙しく動かているとレオトが苦笑するのが分かった。
「……そんなわけないよね」
 その声に微妙に混じった切なさに、諒は胸がどきんと波打つのを感じた。それに気づかない振りをし、視線を下に下げたままでぽつりと告げた。
「昨日は、本当にごめん」
「いいよ、もう。諒が少し元気になったみたいだから、俺としては問題ないどころか嬉しいし」
 レオトが澄んだ声で答える。その声に引かれるかのように諒は顔を上げてレオトを見ると、レオトは翳りのない笑顔を見せた。その真っ直ぐさに諒は思わずずっと胸の内にあった疑問を口走っていた。
「なんで、俺にこんなに良くしてくれるの? ……俺は、レオトに酷い事してる。酷い事してるって自覚しているのに、やめられない……。そんな俺に、どうして?」
 諒の質問を受けたレオトは穏やかな眼差しを返し、向かいの椅子にゆったりと腰を下ろした。
「忘れちゃった?  俺、諒のためなら何でもするって約束したの。高校に入学したての頃、俺はアメリカ帰りで、日本語が上手くなくて、ずっと孤立してた。諒が最初だったんだよ、俺を受け入れてくれたのは。それからクラスメートに溶け込めたけど、あの時諒がいなかったら、俺の高校時代は真っ暗だった」
「……そんな、昔の話」
「昔の話でも、俺は本当に嬉しかったし感謝してる。だから諒を好きになった。……それは、今でも変わらない」
 レオトの柔らかくとも真剣な口調に、諒は俯いて手の中の布をじっと見つめた。
「俺に、愛想尽かさないの? 俺はセイの結婚で、自分が楽になりたくて……レオトを利用した。みっともないところを見せて、迷惑もいっぱいかけて……それなのに、……好きだって言えるのは……どうして……?」
「諒は知り合ってからずっと、いつも穏やかで安定していた。だから、今、俺にこんな諒を見せてくれる事が嬉しい。諒の全部を知りたい、受け止めたいんだ」
 深い柔らかな声音と眼差しがふわりと諒を包みこむかのような錯覚を感じ、諒はレオトを見つめたまま動くことができなかった。レオトはそんな諒から自然を外さないままに少しだけ首を傾けた。柔らかな髪が目元にかかる。その影の奥の茶色い瞳はしっかりと諒をとらえていた。 
「……本物の宝物はね、散々苦労したあとにようやく手に入るんだよ。その方が、結果手に入れる物が同じでも、より価値があると思わない?」
 レオトのベルベッドのような声は諒の心を優しく撫でる。諒はその感覚に吐息を漏らした。
「俺は、ずっと変わらずに諒が好きだよ。諒は俺を利用したって言うけど、それなら俺も同じだ。諒が苦しんでいるのをいい事に、親切にして気を惹こうとした。汚い手を使っても、諒が欲しかった」
「汚い手なんかじゃ……」
 弱々しい口調で否定しようとすると、レオトは微笑みを浮かべたまま頷いた。
「うん、諒がそう言ってくれるのは分かってたよ。だからそれに甘えた。諒ももっと甘えていいよ。諒にかけられる迷惑なら本望だから」
 レオトの言葉に胸がいっぱいになる。見上げた先にあったレオトの微笑みに、諒は確かに癒されているのを感じた。
 同時にレオトに見つめられている事を意識し、羞恥に襲われた。
 突然襲ったわけの分からない感情に戸惑い、じわじわと浸透してくる羞恥心を払拭するかのようにあえて明るく言ってみる。
「色々ありがとう。もう大丈夫だから」
 それを聞いてレオトはにっこりと笑い、諒の鞄を取り上げた。
「じゃあ、帰ろう」
 そう言ってアトリエを出ようとしたレオトの後をついて歩きながら、止まらない胸の高鳴りを抑えた。

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