fortune kiss 15

 いつもどおりに骨董品のようなマンションの前までレオトは送ってくれた。明るい月を真上に見ながら、あっという間の道のりを僅かに恨めしく思い、そんな自分に戸惑いを感じた。
 バイクを降りてヘルメットをレオトに返しながら、何かを言おうと口篭もる。そうしながらレオトを真っ直ぐ見ることが出来ず、レオトの視線を感じて身が竦むような思いがした。
「諒?」
 そんな諒を覗き込むようにレオトが長身をかがめる。思わず顔を上げた先に、綺麗な澄んだ瞳とぶつかって、諒は硬直したように動けなくなった。
 ものも言えず、じっとレオトを見つめる諒に、レオトはちいさく微笑むとそれまでのように諒の後頭部に手を添え、引き寄せようとした。
 レオトの香りに包まれくちびるが触れ合いそうになった瞬間、諒は金縛りが解けたかのように、とっさに顔をそむけ両手でレオトを押し返していた。
「……あ」
 数秒後、我に返った諒が恐る恐る視線を戻すのとレオトが諒から離れるのはほぼ同時だった。ほんの一時諒の周りをまとった香りが空気に溶けて消える。
 何故自分がレオトを拒否するような行動をとったのか、まるで分からなかった。心臓が激しく脈打ち、指先が震える。それをぎゅっと握り締め、何度か深く息をつなぎながら言葉を捜した。
 レオトを傷つけてしまった。早く何かを言わないと。
 そう思い、口を開きかけた時、レオトが諒に背中を向けてバイクのエンジンをかけた。
「……ごめん。もう二度としない」
 抑揚の無い声で告げたレオトは、そのままアクセルを捻る。
「ちがっ、レオトっ……! 待って」
 呼びかけた言葉も虚しく、レオトはいつになく荒々しい運転でその場を去った。
 残された諒は茫然とレオトのいなくなった空間にたたずみ、消えた香りと温もりを探そうとしていた。

 それから数日後、聖一郎が出張から戻る前日の深夜。諒が引き裂いた分も含め、全ての縫製が終わりドレスは完成した。先に出来上がっていたタキシードとパンツを着せたトルソーの隣に、新しいトルソーを並べ、ドレスを着せる。
 深夜の静まり返ったアトリエの隅に並べられたそれは、感動的なまでに初々しく、凛としていた。
 聖一郎のデザイナーとしての才能を改めて感じ、諒はそれを形に出来た事を今まで以上に誇らしく思った。仕事仲間として、パタンナーとして。そして、新郎新婦の友人として、いい仕事が出来たという実感を噛み締める。 素晴らしい服が完成した喜びが、体に深く染み込んだ疲れを拭い去った。
 諒の後ろでその一対の衣装を見ていたレオトが、ため息とともに感慨深く呟きを漏らした。
「こんなに……素敵なものができるとは思わなかった……。諒と聖一郎さんはやっぱり凄い」
 レオトの賛辞を素直に受け止め、諒は振り返って整った顔を見上げた。
「結婚式に青いものを付けると幸せになれるって聞いたことがあるけど、本当?」
「あぁ、サムシングブルーって言って、下着とかブーケに取り入れたりするんだよ」
 それを聞いた諒は傍らにあったケースから淡いブルーの糸を取り出すと、針にそれを通しドレスの裾の裏側に一本のラインを縫い付けた。
 それを見守っていたレオトに、照れながら告げた。
「美和さんが幸せでいてくれないと、セイが幸せじゃないし、ひいてはこの店の将来に繋がるから」
 それを聞いたレオトはほのかに微笑む。
「そうだね」
 諒がレオトのキスを拒絶した日以降も、レオトはそれまでどおり接してくれていたが自分からは決して触れようとはしなかった。一定以上の距離をおいて同じ空間にいるレオトを前に、以前はスキンシップを多く取っていたことを今更ながらに思い知る。
 そして、それを無意識に求めている自分に気づいた時、愕然とした。
 レオトに対する自分の反応が教えるところは明らかだった。しかし、素直にそれに従えるほど、諒は厚顔ではない。
 三年間、思いを寄せてくれているレオトを足蹴にしておき、聖一郎の結婚を自分で納得出来たからといって、そんなにすぐに気持ちが変わるだなんて。
 己のあまりの浅ましさに、都合よさに眩暈がしそうだった。
 そのくせ、レオトが取ろうとしている距離が恨めしい。今までのように抱擁し、キスを与えてもらいたかった。
 聖一郎には感じなかった、はっきりした輪郭の欲望を押さえ込みながら諒は針を針山に刺した。
「結婚式のジンクスって、素敵なものが多いね。俺、ドレス作るの自信がついちゃった。店で正式に採用しようかな」
 冗談めかして言うと、レオトは喉の奥で低く笑った。
「それはいいけど、諒は働きすぎ。まずは少し休息が必要じゃない?」
「うん。……レオト、ごめんね、毎晩つき合わせて。……感謝してる。レオトがいてくれたから、大分楽になった。言葉では伝えきれないくらい、感謝してる。ありがとう」
 諒の言葉にレオトはほのかな微笑みで応じた。見慣れた……何度も何度も与えられた笑顔を受け止め、諒は白い服に視線を移した。
 素直に想いを告げた美和は幸せを手に入れた。
 ……自分は?
 自分は、傲慢ではないか。卑怯ではないか。ずるく立ち回っていないか。
 そんな考えが諒の感情の前に立ちふさがる。
 レオトに打ち明けてしまいたいという想いは出口を閉ざされ、諒の中で渦巻いていた。
 無言でドレスを眺め続ける諒に、レオトは優しく声をかけた。
「帰ろう、諒。送るよ」
 振り向いて、美しい親友に頷く。
 今日も、キスは無しだ。
 あの日、とっさにレオトを拒絶した自分に悔恨の感じながらレオトの後に続いてアトリエを出る。
 キスがない分、幸福は遠ざかっていくような気がした。

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