fortune kiss 16

 翌日のやはり深夜。出張から戻った聖一郎は、完成した衣装を前にしばし無言で立ち尽くした。
 そんな聖一郎の反応に諒が心配になった頃、輝きに溢れた瞳で振り返ると諒を抱きしめ、全身で喜びを表現した。
「すごくいい、諒は最高だ。俺のイメージしたものが、イメージ以上にリアルになって生を受ける。諒をパートナーにして本当に良かった」
 珍しく興奮した口調で話す聖一郎を抱き返しながら、穏やかな幸せを感じていた。
 聖一郎と一緒に服を作ること。それを世の中に送り出すこと。
 それは、諒が少年の頃から追い求めた夢の形だった。
 ふいに瞼の裏に、木蓮の下のシルエットが浮かんだ。柔らかい茶色の髪と、学生服。
 記憶の向こうのシルエットを感じながら、聖一郎の肩の向こうのトルソーが纏う純白の輝きを凝視した。
 もう一つ。もう一つだけ、手に入れたい幸せがある。
 倫理も、常識も、いらない。
 ……偽善の服を着ていたら、幸せにはなれない。
 分かっていながら胸の中でくすぶり続けるものに、もどかしさを感じて瞳を閉じた。

 結婚式の直前の日曜、聖一郎が美和との新居へ引越しをする日。頭上には見事に晴れ渡った空が広がっていた。
 聖一郎と諒と潤一郎の三人で荷物を運び出し、トラックに積みこむ。車の運転が得意だという美和が運転手になり、美和の職場の近くに借りたマンションへ向かった。そのトラックの荷台に潤一郎と並んで座りながら諒はずっと疑問だった事を聞いてみた。
「潤くんさ、前、セイがデザイナーになったのは俺が原因だって言った話覚えてる?」
「覚えてるよ」
 潤一郎は軍手を外してTシャツの裾をぱたぱたさせて風を送った。
 蒸し暑い荷台の中は洞穴のようだ。その中に二人の声が吸い込まれた。
「あれ、どういう事?」
 問い掛けた諒に、潤一郎は「あれ」という顔をした。
「なんだ、諒ちゃん知らなかったんだ。諒ちゃんさ、子供の頃、可愛い格好ばかりさせられてたんでしょ?」
 ありがちな話だったが、一人っ子の諒は女の子が欲しかった母親に、女の子向けの服を普通に着せられていた。諒の記憶には無かったが、中学生になったころ昔のアルバムを見て愕然とした諒は母親に「そういえば」と抗議をした事がる。しかし母はしれっとした顔で、「でも諒は、もともと優しい顔立ちだし、よく似合っていたわ」と言われてしまった。
「兄貴、おばさんに『かわいそうだ』って文句言ったらしいよ。でも笑って流されて、だから自分が諒ちゃんに着せる服を作るんだって」
 諒は暗がりの中でゆっくりと目を瞑った。胸の中に暖かいものが沸いてくる。それは微妙に切なさも伴い、それでも限りなく美しい色合いで瞼の裏側に広がった。
「兄貴がデザイナーになるって言ったから、諒ちゃんはパタンナーを目指したんだろ? 二人は至上最強のパートナーだって、俺、羨ましかったんだよ」
「うん……最高のパートナーに恵まれた」
 諒は頷いて瞳を開いた。トラックの幌の隙間から差し込む光がトラックの揺れに合わせて上下するように見える。
「諒ちゃんさ、……本当は、兄貴の結婚、寂しいんじゃない? レオトさんがいても」
「え?」
「いつも、受け身じゃない? ちゃんと言いたい事、言えてる? 兄貴がいなくなっても大丈夫?」
 潤一郎が暗闇のなか、労わるような眼差しを向けているのがわかり、諒は静かに微笑んで頷いた。
「そうだね。最初は凄く寂しかった。寂しいって言えなくて、辛かった。でも、もう大丈夫」
 諒は心の中で呟いて、大きく息を吸った。
「俺はずっと受け身だったね。言いたい事も言えなかった。……でも、もう大丈夫だよ」
 誇りくさいトラックの中で、諒はしっかりと頷いた。

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