fortune kiss 17

 結婚式の朝、美和と聖一郎は順番にレオトの勤める美容室を訪れた。
 レオトの好意で、二人はセットを施してもらう事になっていた。先に終わった美和はタクシーで教会へ向かい、美容室にはレオトと聖一郎の二人が残った。
 忙しすぎてなかなか手入れが出来なかった聖一郎の髪を梳いて形を整えながら、レオトはずっと聞きたかった事を問い掛けた。
「……諒を愛していましたよね?」
「君にはバレていたか」
 聖一郎はためらいなく肯定した。
 やっぱり。
 鈍感な諒は気付かなかったが。
「どうして、諒にそう言わなかったんですか。……あなたは諒の気持ちが分かっていたはずだ」
「君こそ、諒を思うならそれとなく知らせれば良かった」
 余りにむちゃくちゃな事を言うデザイナーをレオトは鏡越しににらみ付け、挑戦的な口調で告げた。
「俺はそこまで自分を犠牲には出来ないんです。諒を手に入れるチャンスがあるならそれを逃したくない」
 それを聞いた聖一郎は苦笑いを浮かべた。
「やはり、ただ者じゃないな。カリスマと呼ばれるような人は」
「教えて下さい。何故、諒に気持ちを告げなかったんですか」
 鏡越しにレオトと聖一郎は見つめ合った。硬質な視線を交し合い、しかし聖一郎はふと目元を緩めると視線を広い窓の外に移した。街路樹の新緑が朝の日差しを受けて輝いているのを見つめ、嘆息する。
「好意と愛情を間違えて、諒に拒絶されるのが怖かった……諒は、俺にとって無くてはならない存在だから。絶対に必要だから、失うような事は出来なかった」
 淡々と語る聖一郎をからレオトは視線を外した。
 諒があんたを拒絶するはずが無いだろう?!
 もう少しで口から零れそうだった言葉を無理矢理飲み込む。
 何を言っても、今更遅いのだ。諒をあんなに苦しめて、泣かせた人間に今更……結婚まで決めてしまった人間に対して、何もいう事は無い。
 沈黙を保ったまま、レオトは鋏を動かした。シャキシャキという音とともに、聖一郎の髪が宙に舞う。
「君が俺の気持ちに気づいたように、俺も君の気持ちに気づいていた」
 落ち着いた声色で聖一郎が告げるのを聞きながら、レオトは手の中の髪を整え続けた。
「諒を、よろしく頼む」
 そう告げられた瞬間、レオトは顔を上げ鏡に映る黒い瞳を見つめた。普段はきつく見える瞳は柔和に細められ、柔らかい光をたたえている。それを認めたとたん、小さな声がレオトのくちびるからこぼれた。
「どうして……諒が好きなら、手放すんですか。諒を手に入れようとしないんですか。……結婚なんて考えついたのは何故です」
 聖一郎は視線を落とす。シャープな頬に微笑みを浮かべた。
「俺が、臆病だからだな……」
「……」
「しかし、俺は結婚を選択する事によって諒を永遠に手に入れた。……一緒に、闘っていく仲間として、戦友として……一生、共にいられるんだよ」
 日差しが店内に柔らかく注ぎ込み、デザイナーの頬を照らす。
「そういう幸せも……あると思わないか?」
 返事をする事が出来なかった。肯定も否定も出来ず、鋏を握り締めていた。

 諒が控え室を訪れると、純白の衣装に身を包んだ美和が花がほころぶように微笑んだ。
「諒さん、本当にどうもありがとう」
 白い手袋のまま諒の手を取り、じっと見上げる。その瞳が潤んでいる事に気付き、諒は愛情を込めて花嫁の背を撫でた。
「まだ泣くのには早いよ。おめでとう、美和さん。ドレス間に合って良かった。手前味噌になるけど良く似合ってる。綺麗だよ」
 素直にそんな言葉を述べられる自分が嬉しかった。今日という日に清々しい晴れやかな気分でいられる事を幸福だと思った。
 ……ただ一つの引っ掛かりを除いて。
 レオトを思い浮かべた一瞬、諒の表情が曇ったのか美和は心配そうな眼差しを向ける。それに気づき、取り繕うように笑ってみせると、美和はもう一度諒の手を優しく握った。
「……私の知っている諒さんはね、いつも少しだけ辛そうなの。何かを絶えているみたいに。諒さんはとても素敵な人だもの。何も我慢しないで、幸せになるために無茶をして欲しいわ」
 突然何を言い出すのかと、諒は冗談のように聞き返した。
「無茶?」
「諒さん、言いたい事を飲み込んでしまうでしょ? 言いたい事はどんどん言ったほうがいいのよ。私みたいに」
 美和の瞳が慈しむように細められた。
「私は諒さんにとって、多分とても大事なものを貰っちゃったのよね……。だから、なおさら。我侭になって。幸せになって」
 思いがけないセリフに諒はコクリと唾を飲み込み、美和を見つめた。美和は力づけるように微笑む。
「……我侭になっても、いいのかな……。ずるくても、卑怯でも……?」
 掠れた声で呟いた諒に、美和はもう一度微笑む。そして自分の髪に飾られた花を一つ抜き取ると、諒の胸ポケットに差し込んだ。
「諒さんが幸せを掴めますように」
 美和の微笑みが諒の胸を暖かいもので覆い、背中をそっと押してくれる。
 今度こそ心のままに頷いた時、美和の友人達がどやどやと入ってきたため、会釈をして後ろに下がった。聖一郎の姿を探すと、やはりこちらも友人達に囲まれている彼と目が合った。
 話しかけるのも躊躇われ、「おめでとう」という気持ちを込めて笑いかけると、聖一郎はどこか哀愁を帯びた眼差しで微笑んだ。

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