アンバー 2

 午後から取っている2コマの授業を終え、演劇部に所属する氷河は真っ直ぐ部室に向かった。
 部室の前では既にジャージに着替えた一年生たちがランニング前のストレッチをはじめている。
「おはよう」
 彼らに声をかけると、一斉に大声で挨拶をする。
「おはようございます!」
 現在は部員も少なく、ある程度アットホームにはなったが昔の体育会系の名残は、まだこんな所に残っていた。
 あまりに日常的ではない挨拶に肩をすくめてドアを開くと、中は煙草の煙が充満している。
「おはようございます」と、部室の中にいるメンバーに普通の大きさで挨拶をする。
 なぜかタイルの床の上に、カーペットを引き、ちゃぶ台を置いた部室の真中で、演出の尾上と脚本の進藤が頭を寄せ合ってああでもないこうでもないと話し合っていた。
 氷河は靴を脱いでカーペットに上がると、彼らの後ろを通り窓を開け放つ。
 新鮮な空気が一斉に流れ込んできた。
 すると初めて氷河がいることに気づいたのか、進藤が顔を上げて「おはよう」と挨拶をした。
「進藤さん、脚本のすすみ、どうですか?」
 以前は遠慮をして遠まわしに恐る恐る訊ねたものだが、ニ年も経つと氷河も要領が分かって来た。
 そのものズバリ、単刀直入に聞く。
 進藤の台本が遅れると、役者は勿論、氷河が担当する照明にも影響が及ぶ。
 照明プランもじっくり練れないし、ひどいときはキューシートまでもぎりぎりまで仕上がらない。
「あー……ごめんな、今書いてるからな」
 今年四年の進藤は就職するつもりはさらさら無いらしく、毎日部室に顔を出している。いや、授業にも真面目に出ていないから、 卒業すら危ういだろう。七月に行われる公演にも、これまで通り脚本として参加する事になっていた。
「今までみたいに、本番の二日前に完成、なんてのは勘弁してくださいよ」
 なるべく外の新鮮な空気を吸うようにしながら氷河が冷ややかに告げると、進藤は首をすくめてシャープペンシルを握りなおした。
 本当、先輩である四年生に対してこんなことを言おうものなら大目玉をくらうが、芝居がからんで来た場合、学年は関係無いと氷河は思っている。
 責任あるポジションにいるなら、その義務をきちんと果たすのは当然の事だ。学年が上だから適当でいいという訳は無い。
 ちらりと尾上を見ると、「よく言った」と言うように頷いているから、尾上も同じ考えだったらしい。
 しかし、これは下級生の役目、と、ちゃぶ台の上に散乱したものを片付けているとドアが開き、明るい声がした。
「おはようございまーす」
 その声にドキリとして目をやると、一年の若宮ヒカリがにこやかな笑顔を浮かべて部室に入ってきた。
 むさ苦しい男ばかりの部室では、ヒカリの周りだけが名の通り輝いて見える。
 もともと、一年生の中では群を抜いた美女で、体のラインを強調する服や、カラーリングの効果も麗しいロングヘアは、いい意味で彼女を際だ出せていた。備え付けの棚に置いてあるジャージを手にとり、彼女に見とれる男供ににっこり微笑んで出て行く。
 氷河は胸をドキドキさせ、ヒカリの一挙一動を見守っていた。高嶺の花とは知りながらも、目下、片思い中である。
 桜木を見たあと、ヒカリを見た、ともあればその他の人間がどうしても色あせて見える氷河だった。

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