アンバー 6

 江沢は舞台監督としてかなりの手腕を発揮する、なかなかやり手な男だった。
 同時に、仕事をしている時はとても輝いているが、多くの舞台人同様、一旦現場を離れたらただのぐうたらで自堕落な、いかにも社会に適合出来なさそうな人間でもあった。
 それでも面倒見の良さと暖かい人柄に、彼の周りには人が常に絶えない。特に女の子達からの信頼が厚く、よく恋の相談に乗っていた。
 そんな江沢は方々で「恋のキューピット」と呼ばれていた。
 人望が厚いことから、彼の元には莫大な情報が集まり、彼はそれを上手く利用してくっつけてあげるのだ。江沢本人は実らない片思いをずっと続けているが、江沢がくっつけてあげたカップルの数を上げればきりが無かった。
 江沢が「止めた方がいい」というのなら、それは本当に止めた方がいいのだ。
 入学した時から江沢とつるみ、江沢のキューピットぶりをずっとそばで見ていた氷河には痛いほど良く分かっていた。しかし頭で理解するのと、感情がそれについていくのは全く別の話。
「だからって、ヒカリちゃんの事を嫌いになれるわけはないんだ……」
 多分、しばらくは苦い思いをかみ締めながら彼女を遠くから見守る事になるんだ……
 江沢と別れて自宅に向かいながら、氷河はため息をついた。
 冷静になると力が抜けた。考えれば、あんなに綺麗で華やかでフェロモンをむんむんに出している子が、自分の相手をしてくれるわけが無い。昨夜、彼女が慰めてくれたのだって氷河が演劇部の先輩だからだ。でなかったら、氷河が電車の中で桜木を眺めているのと同様、一生ヒカリと口を利くなんてことは無かっただろう。
 ヒカリに幻想を抱いていた。
 部内で見せていた可憐な笑顔がそのまま彼女の人格で、彼女の全てをだと思い込んでいた。よくよく考えればそんなわけは無い。可憐なだけの女の子がいるはずないのだ……きっと。
 ヒカリがヤリマンだ、という事を丸ごと信じたわけではないが、男の子と飲みに行くのが好き、とか、男の子と遊ぶのが好き、というレベルでは真実だろうと思う。どちらかといえば潔癖症の氷河には、そんな奔放な子を相手に、嫉妬する心をコントロールできる自信が無い。
 ……諦めるのが正解なんだろうなぁ。
 ヒカリが入学して、演劇部に入部してからほのかに感じていた恋心。
 告白する前に、賢明な江沢によって冷静になり、しぼんでしまった。
 それでも、彼女はいい子だと思うし、今日だって彼女に元気付けられたのは事実だ。この想いは無駄にすることなく、彼女になにかあったら力になってあげようと密かに誓う。
 氷河は紺碧の夜空を見上げて両手を伸ばした。

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