アンバー 12

 次の水曜日。
 氷河がいつも通り電車に乗り込むと、桜木がやはりいつも通りの場所にいた。いつもと違うのは、起きて膝の上に置いた雑誌をめくっているという事。しかし、すぐに自分を見つめる気配に気づいたのか顔を上げ、氷河の姿を認めると微笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「……おはよう」
 離れて座るのも気まずく、座席一つ分あけて氷河は桜木の隣に腰を下ろした。すると桜木は、氷河をチラリと見、口元をほころばせたまま雑誌を閉じて鞄にしまいこんだ。
「……なんだよ、読めばいいじゃん。気、使わなくていいからさ」
 思わずそういうと、桜木は肩をすくめてみせる。
「知り合いと一緒にいて、一人で雑誌読みふけるってのは反則でしょう」
 確かにそうだけどさ、と氷河は口ごもった。
 桜木と何を話せばいいのか分からないのだ。微妙な沈黙に支配されるのは恐ろしい。
 すると、桜木がそれを見越したかのように話しかけてきた。
「氷河さん、演劇部ですよね。役者さんですか?」
「いや、照明」
 桜木の問いかけに答えると、桜木は僅かに目を見張った。
「……へえ、役者さんだと思いました、てっきり。ヒカリみたいに派手じゃないけど、なんか魅力的っていうか……」
 桜木の言葉を聞き、氷河は耳を疑った。
 魅力的だって?! 俺が?!
「や、止めろよ、そんな。自分のことは自分が一番分かってるって」
 慌てて否定する。
 芸能人ばりに格好いい桜木にそんな事を言われると、照れくさいのを通り越し、きまりが悪くなる。顔から火を噴きそうだった。
「俺は照明、一年の時から、ずーっと!」
 きっぱり言い切って、窓の外を眺めた。
 桜木がこちらを見ているのはわかるのだが、恥ずかしくて桜木の方を向く事が出来ないのだ。
 やがて桜木の視線もはずれ、同じように窓の外を向いたのが分かる。
「そうなんですか……なんでまた、照明?」
 桜木が穏やかな声で問い掛けてきた。
「なんでだろうなぁ……」
 小さなきっかけはたくさんあったが、「これ」という絶対的なものがあったわけではない。しかし、あえて一つ上げるとすれば……
「大学入ってすぐにさ、ディズニーランドへ行ったんだ」
「ディズニーランド?」
「そう。高校時代の友達で、やっぱ上京してきている奴らと一緒に。そのころ、演劇部に入る事は決めてたんだけど、どのポジションで活動するかってのは、まだ曖昧だったんだ。で……ディズニーランドでさ、いろいろ見ているうちに、照明にしようかなって思った」
 氷河が拙い言葉でそう告げると、桜木は僅かに眉を上げた。
「どのへんですか? 氷河さんの興味を引いたのって」
「……カリブの海賊」
「へぇ?」
 ディズニーランドに行ったのは、後にも先にもあの一回きり。カリブの海賊に入ったのも、たった一度だけだた。それから丸二年経っているが、氷河の記憶は鮮やかだった。
「ディズニーランド自体の精巧な作りとか、魅せ方もあるけど、あそこは特別だったんだ。船に乗って一回りするのが、あっというまだった。夢見てるみたいに夢中になって。人形も良く出来てたし、音楽もいいし……でも、照明に釘付けだった。小屋の明かり、たいまつ、天井の星……俺、本当に海賊になった気分になってさ。照明ってすごいなと思った。……照明一つで、世界を本物にも、偽者にも見せられる。……そう思ったんだ」
 言いたい事はまだまだあったが、上手く言葉にならなかったし、話しているうちに馬鹿にされたらどうしようか、という考えが頭の片隅をよぎった。
 なんといっても、相手は「あの」桜木潤一郎なのだ。
 ……子供っぽいって思われたかな。
 なんとなく気まずさを感じながら桜木を見ると、意外な事に、彼は優しい微笑みを浮かべて氷河を見つめていた。
「……いいですね、そういうの」
「え?」
「俺も、カリブの海賊は好きですよ。でも、そこまで照明に注目した事無かったな。……氷河さんは、芯から照明なんですね」
 穏やかな口調でそう話す桜木をじっと見ているうちに、氷河はなんとなく嬉しくなってきた。
 認められた、という自信、誇り。
 気を良くした氷河がもっと話そうと口を開きかけた時、電車は目的地に到着した。
 悔しそうに窓の外を見た氷河に気づいたのか、桜木は軽く氷河の頭に手を置いて告げた。
「また、聞かせてください。電車の中で会うでしょう?」
 まるで子供にするように頭を撫でられた事は大いに不満だったが、それでも桜木の言葉は嬉しかった。桜木に続いて下車しながら、氷河は緩む頬を止められなかった。

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