アンバー 13

 大学に向かって並んで歩きながら、やはり女性の視線を集めている事に気づく。自分が見られているわけではないが、それでも氷河は気恥ずかしさ感じた。
 ふと、ある事に気づき桜木を見上げる。
「なぁ、桜木って彼女いるだろ?」
 これだけ格好良くて人目を引く男だ。いないはずが無い。
 桜木がどんな女の子を付き合うのか興味があった。
 問い掛けられた桜木はちらりと氷河を見下ろし、苦笑いを浮かべた。
「いないんですよ、これが。実は彼女いない歴一年を突破しました」
「え? 冗談やめろよ」
「冗談じゃないですよ」 
 こんないい男にいないだって? しかも一年も?
 にわかには信じられない気分で甘いマスクを見つめる。周りが放っておかないような気がするが……
「もしかして、すっごく理想が高い? とびきり美人で、痩せてるけど胸とケツはでかくて、性格も良くて、料理とかも上手くて……」
 桜木のめがねに適う人がいないからだろうかと、条件を色々あげてみせると、桜木は笑いながら首を振った。
「そんな事ないですよ。恋をしていないだけです。したいんですけどね」
「ヒカリちゃんみたいな子と一緒にいて、恋しないわけ?」
 純粋に疑問に思った事をぶつけると、桜木は明るく笑った。
「あいつは友達ですから。ヒカリに対してどうこうっていうのは無いですよ。いい奴だと思いますけどね。そういう氷河さんは? 母性本能くすぐりそうなタイプに見えますけど……年上の女性にもてたりしません? お姉さまキラー」
 急に振られ、しかもとんでもない事を言われて氷河は顔から火を吹きそうだった。
「お、俺はいいんだって」
「ずるいですよ人のだけ聞いて」
「俺は硬派なんだ」
「意味不明です」
 学校まで続く緩やかな坂道も、桜木と一緒だとあっという間だった。 
 

 
 一年生は全部で二十二人。その全てが役者希望で入部をしてきたが、七月の公演で役者として参加出来るのは僅か六人。その他は皆スタッフに割り振られた。氷河の下に照明としてついた二人の一年生は、その二人ともがやる気の無い態度で、氷河の胃を痛めさせたが、氷河に怒鳴りつけられた二人は、そのまま姿を消した。大学のどこかにはいるのだろうが、二度と演劇部へ顔を出すことは無いだろう。そして芋づる式に、スタッフになった一年生がぞろぞろと辞めていった。辞めていったといえば聞こえはいいが、殆どがある時を境に部活に来なくなった。
 以前、部活の帰りに江沢と制作の鹿野と居酒屋に寄ったとき、普段は無口な鹿野が珍しく愚痴を言った。
「俺んとこ、一年生が三人来ただろ。一人は真面目なんだけど、後の二人が最悪。部活きても何にもやんないで漫画読んでんの。やる気無いなら来なくていいよって、ついに今日言っちゃったよ」
 普段は物静かで、何を言われても笑って流す鹿野からは想像もつかない話だっただけに、氷河と江沢は顔を見合わせる。
「俺んとこもだよ。本当に腹が立って倉庫から追い出したら、次の日から来なくなった」
 氷河が数日前の出来事を思い出して説明すると、江沢も隣で頷く。
「舞台装置に、二人来ただろ。あいつらも最悪だぜ。毎回サボるしな」
 三人は顔を見合わせてため息をついた。
 そんなやり取りが三年生のスタッフの間で交わされた一週間後にはスタッフは殆どの一年生スタッフがいなくなっていたのだから驚く。
 部長も務める演出の尾上に「一年生が来なくなったの、越智が怒鳴りつけてからって聞いたけど、本当か? お前が無理矢理辞めさせたっていう話になってるけど」といわれた時には色々な意味で声が出なかったが、そばにいた江沢と鹿野が声を合わせて加勢してくれた。
「っつーかさ、尾上。やる気の無い奴らと俺たち一緒に芝居打ちたくないからさ」
「そう。いいよ、本気でやりたい奴だけ残ったんなら。少数精鋭」
「越智が怒鳴ったのは、照明の一年だけだしよ。後の奴らはそれに引きずられて消えただけ。厄介払いが出来てよかったんだよ。大体な、スタッフの仕事を大切にしない劇団員なんていらねぇよ。今残ってるのは、真面目な子ばっかりだからな。かえって仕事がはかどるぜ」
「江沢のいうとおりだよ。四月からこっち、スタッフはみんな胃に穴が開きそうだったんだから」
 ごつい外見の江沢が怒りもあらわにドスの利いた声で告げると、普段は物静かな鹿野も珍しく口調を荒げる。そんな二人に迫られ、尾上は数歩後ずさった。
「わ、分かったよ。俺だって越智が何の意味もなく下級生を怒鳴るなんて思ってないって。まったく……。一応、部長としてな。悪かったな、越智」
 そんな出来事もあったが、やがて人の出入りも落ち着き全体は一つとなって本格的に走り始めた。
 少数精鋭。
 人数じゃない、熱意だよ。
 そう言い聞かせながら、人数が減ったせいで増えた仕事を力をあわせて片付けていた。本番までの日数を数えながら、休む暇も無い毎日が始まっていた。

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