アンバー 19

「なぁ……俺の思い違いだったら悪いんだけどさ、そしたら聞き流してくれていいんだけど……」
 いつもの電車の中だった。
 桜木と並んで車窓を眺めつつ、氷河はなんと言おうか迷いながら言葉を探した。
 桜木はそんな氷河をいつもと同じ、穏やかなな眼差しで見下ろす。
 少しの沈黙の後、氷河は思い切ったように桜木を見上げた。
「桜木さ、ヒカリちゃんと付き合ってる?」
「……は?」
 予想もしなかった質問に、桜木は面食らってぽかんと口を開けた。
「いや、……隠しておきたいんならいいよ。秘密は守るし、絶対に他言しない。だから本当の所を教えて欲しいんだけどさ」
 一瞬唖然とした桜木だったが、その質問のあまりの馬鹿馬鹿しさと比例した氷河の真剣な面持ちに、次の瞬間には大声で笑い出していた。
「はははは、嫌だな、何を言い出すんですか、氷河さん。俺とあいつが? まさか! 友達だって前にも言ったじゃないですか」
 笑いすぎて涙がにじんだ桜木だったが、氷河が険しい顔で自分を見ている事に気づき、笑いを引っ込めた。
「……氷河さん?」
「桜木……誤魔化すなよ」
 氷河はいつもの無邪気さをなくした声で、真剣に……そしてどこか疑った様子で桜木を見つめていた。桜木はそんな氷河を見て、一つの可能性に行き当たった。
「……氷河さん、もしかして、ヒカリが好きなんですか?」
 そう問い掛けると、氷河の顔が固まり、同時に真っ赤に染まった。
「な、ば、ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇよ……!」
 上ずった声で否定する。
 桜木は赤くなったままの氷河を見つめ、少し迷った後で付け加えた。
「氷河さん、残念ですけど……ヒカリは恋人がいますよ」
 それを聞くと氷河は、赤く火照った顔を一転させて桜木をキッと睨んだ。
「……分かってるよ。最初からそういえばいいだろ……」
「……誤解してませんか? ヒカリの恋人は俺じゃないです」
 氷河が思い違いをしているのを悟った桜木は先手を打って訂正したが、氷河はそれを聞くとますます目つきを鋭くさせた。
「誤魔化すなって、さっき言ったよな?」
「誤魔化してませんって、俺とヒカリは友達です。親友」
 ダメだ、完璧に誤解されている。
 誤解を解かなくては、と思った桜木は一瞬、ジェフの事を氷河に話してもいいものかどうか推し量った。
丁度その時、電車がホームに付き、扉が開いた。
氷河は真っ直ぐ前を向いたまま立ち上がり、桜木に頭上から短く言った。
「親友だったら……なおひどいと思う。それが嘘でも……。どっちにしろ、もういい」
「えっ?」
桜木が立ち上がった時には、駆け足で氷河は電車を降りていた。

 氷河はずんずんと学校へ続く坂道を登りながら頭の中をいろいろな考えが巡るの止められなかった。
 桜木がヒカリの恋人ならまだいいと思っていた。……それには不可解な事ばかりだけれど。あの朝、一緒に登校した理由としては一番納得が出来るからだ。
 しかし、親友とは……もっとも聞きたくなかった答えだと、氷河は唇を噛んだ。
 男女が一晩を一緒に過ごして、何も無いと思うほど、氷河も子供では無い。
 まして、ヒカリと桜木だ。
 何かあるほうが自然だと考えるのは当然だろう。しかも、黒い噂が……限りなく真実に近いと思われる噂が渦巻くヒカリだ。
 ……あの男は、友人に……それも、親友と呼べるような友人にそんな事をするのか。
 もし、付き合っているとしても、それを姑息な手を使って誤魔化そうとした事が氷河は許せなかった。
 ……桜木を信用していたのに。見どころのある奴だと思っていたのに。
 氷河は自分の中に渦巻く怒りをどうする事も出来ないまま、ものすごい速さで坂道を登っていった。
 

 ヒカリを見つけたのは、本当に偶然だった。
 江沢に頼まれ、倉庫にバインド線と黒ガムテープの残りをチェックしに行ったのだ。倉庫の鍵が開いていたため、「誰だよ、ちゃんと閉めないのは」と、いい加減さに少々立腹しながら中に入る。奥の棚からダンボールを下ろして備品をチェックしている最中、ふと人の気配を感じたのだ。
 一瞬恐ろしい想像がよぎる。
 ……この学校、古いんだよな……”出る”って、聞いた事……あったような……
 怖いと思うものはあまり無い。淡々と見られるが、何にでもぶつかっていくタイプだった。喧嘩もそれなりにしたし、中学時代に先生といがみ合った事もあった。
 そんな氷河だったが、唯一、苦手なものがある。
 目に見えないもの……霊魂や心霊現象というものが、心底ダメだった。
 脂汗がにじむのが分かった。それでもおそるおそる振り返ると、そこにはヒカリが一人、蹲って泣いていたのだ。
 泣いているところを見られたくなくて、誰もいない倉庫にいたのだろう。気配の実態が人間だった事にホッと胸をなでおろしながら、氷河もすぐにそれは分かった。ヒカリの心情を思い、気づかない振りをしてそのまま出て行こうともした。
 しかし、押し殺した声があまりに辛そうで、氷河はそれを見過ごす事が出来なかった。
「……ヒカリちゃん?どうしたの?」
 離れた場所から、遠慮がちに声をかけた。ヒカリが気づかないようだったり、顔を上げなければ、何事も無かったかのように倉庫を出ようと思っていた。しかし、声をかけられたヒカリはゆっくりと顔を上げて氷河を見た。
 その涙に濡れた瞳を見て、氷河は胸が締め付けられた。
 いつもの大人びた表情は影をひそめ、まるで幼女のような、途方に暮れたような顔をしていた。
 思わず傍により、ひざまづいて目線を合わせた。
「……ヒカリちゃん?」
 すると、ヒカリは堰を切ったかのように、顔をくしゃくしゃにすると大声を上げて泣きながら抱きついてきた。氷河は驚き、面食らいながら、ヒカリの背中をそっと抱きしめた。

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