アンバー 26

 日にちがたつにつれ、稽古が佳境に入ってきた。
 小屋入りが、本番が足音を忍ばせて近寄ってくる。
 部内には一種騒然とした空気が漂っていた。
 稽古を見ながら照明のプランを練り、演出や舞台監督と打ち合わせを繰り返しながら、江沢を手伝って舞台装置を作っていた。
 「いよいよ、明日通しだな」
 部活終了後、江沢と演劇部倉庫前の何も無い場所、通称「作業場」に向かった。
 通し、とは途中で止めずに芝居を最初から最後まで流す稽古の事だ。
 通しが行われるという事は本番が間近に迫ってるという事だった。
「小屋入りが明後日か……って、江沢?」
 そこで氷河は重大な事実に気づいた。
「……装置、間に合うの?」
「間に合わない」
 江沢は冷静に言うと、倉庫の鍵を開けて材木を作業場へ運ぶ。それを手伝いながら氷河は内心青ざめた。
 江沢は舞台監督としては有能な男だ。しかし、今回は慢性的な人手不足と、全体的な進行の遅れが目立っていた。
 舞台装置も、稽古が終わった後の僅かな時間を利用して少しづつ作ってはいたが、いかんせん氷河も江沢も時間が無かった。現在は、大量の木材を、必要なサイズにカットし、四分の一程度を組み立てたところだ。
「これ、ってあと……」
「全部組み立てて、全体で四十のパーツを作る。で、ペンキで色を塗る。乾かす時間もあるから、今日中に完成させる」
「……きょ、今日中?!」
 思わず叫ぶと、江沢は煙草をくわえた。
「……悪いな、越智。今夜は徹夜だ」
氷河はどこか人生を達観したかのような江沢を見つめた。
「徹夜はいいよ、覚悟しているさ。だけどな、でも、これを二人で今日中って……そりゃ、ちょっと無理じゃないのか?」
 当然の疑問を口に出すと、江沢は紫煙を吐き出しながら笑った。
「朝になって、昼になって、夕方になっても、終わるまで作業は止めないよ。めんどくさいことやってると思ってるだろ。でも、見てろよ。すげーの、作ってやるから。……お前が照明オペしながら、ドキドキが止まらないくらいの」
 氷河は江沢の手書きの舞台図を見てはいたが、リアルに想像が出来なかった。
「役者があれだけがんばってるんだ……舞台を支える装置で手を抜けるかよ」
 煙草をもみ消しながら金槌を手にする江沢を見て、氷河は頷いた。
「よし……やろうぜ」

 江沢の指示に従い、昨日まで切ってきた垂木やベニヤを釘で打ちつけ、たくさんのパネルを作成していく。ただの板切れと棒切れが、形になっていく。
 たいした事では無いのかもしれないが、そんな事に小さな喜びを見出していた。自分は根っこからスタッフなんだなぁと思う。
 同時に、単純作業が続く中で、桜木の事を思い出していた。
 これまで見た桜木の笑顔や、交わした会話のかけら。
 桜木に腹をたてながら、それらを愛しく思っていた。
 桜木のバリトンの声色を耳の奥で聞きながら、氷河は金槌を振り続けた。

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