アンバー 31

 ヒカリが帰ったあと、二人で並んで狭いベッドに寝転がった。
 体は疲れきっているのだが、氷河は興奮してなかなか眠れず、桜木に放しかけ続けた。
「服、ペンキついちゃったな……悪かったな。お前の服って、高いんだろう? ダメになちゃったな」
「あぁ、構いませんよ。……あれね、兄貴がデザインした服なんです」
「……? 有名ブランドって聞いたけど」
「最近は名前が売れてきましたからね。兄貴が従兄弟と数年前に立ち上げたブランドなんですよ。で、俺、そこの……まぁ、モデルみたいな事をしているわけです」
 桜木が自分のバイトの事を話すと、氷河は更に興奮したようで、腹ばいになるとキラキラした瞳で桜木を見つめた。
「すげぇなぁ、じゃあ、今のブランドを軌道にのせたのは桜木の力があってなんだ……。なんか、感動する話だなぁ」
「大げさですって。それに、俺は服を着て宣伝しただけですから」
「お兄さん達の実力があってこそかも知れないけど、それでもモデルが悪かったら誰も買わないさ。桜木ってすごいなぁ。でも……だったら、なおさら申し訳ないな……せっかくお兄さんが作ってくれ服だったのに……」
 余計申し訳なくなってそう言うと、桜木はさらりと返す。
「いいんですよ、どんどん服が増えてきて、箪笥がいっぱいですから。それに形あるものはいつかはダメになるんです。気にしないで下さい」
 基本的に面倒くさがりで物事にこだわらない氷河は、同じくあっさりと問題を流す桜木の態度に感激した。
「桜木……俺、本当にお前を見直した。お前さ、以前、俺の事を友達だって認めてくれたよな。俺、すごく嬉しいよ。お前みたいな男に友達だって思ってもらえて。お前は見た目がいいだけじゃないんだなぁ」
 装置を作り終えた開放感も手伝って、氷河は素直に感動を打ち明けていた。
 桜木は両腕を頭の下に組み、天井を見上げながらくすりと笑う。
「友達……ね、確かにあの時は」
「え? ……今は、違うの? ……本当に悪かったよ……疑ったりして。悔しかったんだ。桜木が、セフレ作るような男なんだって……誤解だったけど、そう思ったら。そうじゃないて思いたかったけど……」
 すると桜木の腕が伸びてきて、必死で言い訳をする氷河の鼻をつまんだ。
「もういいです、それは。済んだ話ですから」
 そして、上体を起こすと氷河を見下ろした。
「氷河さん……あんまり無防備すぎるのもどうかと思いますよ」
「え?」
 綺麗に整った桜木の美貌を見上げる。すると桜木はしばらく無言で氷河を見つめたあと、おもむろにベッドから降りた。
「帰ります」
「え、桜木?」
 やはりまだ怒っているのか、と氷河も起き上がり、桜木の腕を掴んだ。
「ごめんって……疲れてるだろ、寝ようぜ」
 桜木の背中に話しかける。桜木は氷河を振り向きもせずに、何度か呼吸を繰り返した。
「桜木……?」
 いつもと違う様子に氷河が不安になった頃、桜木はゆっくりと腕を動かし、氷河の手を振り解いた。
「何もしないでいられる自信が無いんです」
「……え?」
 意味を図りかねていると、桜木が振り返り、悲しいような瞳で氷河を見つめた。いつもどおり、僅かに潤んだ綺麗な瞳。しかし、そこには今までには無い混沌としたものが渦巻いているように見え、氷河は桜木の瞳を凝視した。
「俺、氷河さんが好きです……友達とか、先輩としてではなく。恋愛対象として」
 桜木の瞳に見とれていた氷河は、すぐにはその意味を正確に理解できなかった。
「…………え?」
 長い間のあと、何度かまばたきをして桜木を見つめる氷河に、桜木は陽炎のような微笑を浮かべた。
「氷河さんが好きなんです。……だから、一緒のベッドに寝るのはちょっと辛いんですよ。だって、氷河さんは俺の事をそういう風に見ていないでしょう?」
「…………冗談?」
 桜木の瞳を見て、そんなわけは無いと思いながらも、氷河はそう尋ねた。
 すると桜木は、悲しそうに眉をひそめて、整いすぎた感のある口元を動かした。
「冗談言ってるように見えますか?」
「……なんで……?」
「なんででしょうね……恋には理由なんて無いですよ。気づいたら好きになってた。それだけです」
「俺は……」
 何かを言おうとして氷河は口ごもった。何を言えばいいのか分からない。
 桜木が……俺を?
 ふいに桜木が膝をついて、ベッドに座ったままの氷河の前に座った。
「付き合って下さいって……言ったら、氷河さん、どうしますか?」
「……な、に?」
 疲れと衝撃で氷河の頭はうまく回転しない。聞き返すと、桜木はゆるぎない眼差しで氷河を見つめた。
「俺と付き合ってください。氷河さんと恋人同士になりたい」
 氷河は言葉を発する事が出来なかった。
 呆然と桜木を見つめていると、やがて桜木は苦笑して立ち上がった。
「考えて置いてくださいよ。俺、本気ですから」
 そしてペンキのついた服を取り上げ、鞄にそれを突っ込んだ。
「今借りてるこの服、後で洗って返します」
 それから、再び氷河の前に立つと、そっと身を屈め、耳元で囁いた。
「もう、電車、逃げないで下さいね。後で返事を聞かせてください」
 そして、氷河の頬に軽く口付けると、そのまま部屋を出て行った。
 残された氷河は身じろぎも出来ずに、桜木の消えた空間を眺めていた。

NEXT

アンバー 31」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: アンバー 30 | fresh orange

ただいまコメントは受け付けていません。