アンバー 32

 江沢がトラックを倉庫の前につける。
 男子部員が軍手をして並び、江沢の指示に従って荷物をトラックに積み込んでいく。
 明日は小屋入りで、都内にある小さな小劇場を四日間借りている。そこまでトラックで荷物を積み込み運ぶのだ。氷河と江沢が苦心して作った装置や、道具箱、衣装、小道具……と積み込んでいくとトラックの荷台はあっというまに一杯になった。江沢と氷河は深夜に出発して、明日十時の小屋入りに間に合うようにトラックを交代で運転する事になっていた。
 「明日は十時に小屋の前でな。動きやすい格好で来るんだぞ、汚れてもいい服装でな。遅刻厳禁だから。今日はしっかり寝ろよ」
 トラックに幌をかけ、ロープで固定すると本日の作業は全てお終いだった。本番を目前に、稽古が一応終了した形となった役者陣は、一様に神妙な、そして物足りなさそうな顔をして尾上を囲んでいた。スタッフの面々は江沢と最終的な打ち合わせをし、帰途につく。
 氷河と江沢は仮眠を取るために、一緒に氷河の家へ向かった。夜明け前にトラックを出す事になっているので、どちらも寝過ごす事は出来ない。これまで通り、小屋入りの前は枕を並べて数時間の眠りをむさぼった。
 ベッドに横になり電気を消すと、氷河はふと、この前の桜木とのやり取りを思い出した。
 明日から小屋入り、というどうしようもない、台風を前にしたかのようなドキドキ感もあり、氷河は眠る事が出来なかった。仕方なく江沢に話し掛ける。
「江沢、起きてる?」
「……あ?」
「……俺さ、桜木に告白された」
 江沢には聞いてもらいたいと思っていた。桜木の気持ちはわかったが、氷河はずっと混乱していたのだ。誰かに聞いて欲しかったし、何かを言って欲しかった。氷河にとってそれは江沢以外に考えられなかった。
「……あぁ?」
 だいぶ遅れて江沢が反応する。暗がりの中でこちらを向いたのが分かった。氷河は天井をじっと見つめて言葉を続けた。
「桜木に好きだって言われた……どう思う?」
「どうって……え、マジ?」
「マジ」
 江沢はしばらく黙っていたが、やがて大きく息をついた。
「……で、お前はどうなの?」
「俺?」
「そう。越智はどう思うの」
 江沢の声は静かで、氷河の心に直接問い掛けているようだった。
「……俺は……分からない」
「分からない?」
 氷河は暗闇の中、自分の心を探った。桜木のかけらを拾い集める。
「ただ、びっくりしてる……でも、あいつがふざけて言った訳じゃないと思うから……どうしていいのか」
 江沢はごろりと寝返りを打ち、顔だけを氷河に向けた。
「越智、免疫ないもんな、女にも。……お前が俺に聞いてきたっていうのは、桜木の学内の評判が聞きたいってわけ?」
「そうじゃないよ。桜木のことは良く知ってる。……無責任な噂よりも、本人を知ってる。……なぁ、こういう恋愛ってあるのかなぁ」
氷河も身体を半分江沢に向けた。暗闇の中、顔を突き合わせてしているのは別の男の話だと思うと、すこし愉快だった。
「あるんじゃねーの。桜木がそっちだとは知らなかったけどね。てことは、ヒカリちゃんと付き合ってなかったんだ」
「そうなんだよ」
「俺の情報は確かだろ?」
 得意げな江沢に、氷河は笑いをこぼした。
「江沢様々だよ」
それを聞いた江沢は低く笑い、それから真面目な声になった。
「様々ついでにアドバイスしてやる。一回しか言わないから良く聞けよ」
「……何?」
「桜木は、あれだけ派手で女の子からちやほやされているにも関わらず、悪い噂はあんまり無いよ。それに、この前徹夜で手伝ってくれた事もそうだけど、『見た目の軽さと違って、信用できるいい奴』って話を良く聞く。……大切にしてくれるんじゃん?」
「……なぁ、それって、付き合えって言ってんの?」
 江沢の言葉に困惑して氷河がたずねると、江沢は反対側を向いた。
「一回しか言わないっていっただろ」
「でも、さっき言ったのって、そういう意味だろ? 桜木と、付き合えって? おススメするぜって事?」
「馬鹿、相手は男だぜ、そう気軽に『おススメです』なんて言えるかよ」
 憮然とした江沢の声が返ってくる。しかし、その中に楽しそうな響きがあるのを氷河は聞き逃さなかった。
「言ってる事があべこべ」
「仕方ないだろ。俺だって戸惑ってるんだよ。これが女の子ならお前の背中を蹴っ飛ばしてやるんだけどな」
「……女の子だったら、最初から相談なんかしねーよ」
 氷河がぶつくさと文句を言うと、江沢は今度こそ本当に楽しそうに言った。
「これって相談なわけ?」
「はぁ?」
「越智、一つ教えてやるよ。俺はいろいろ問題を持ちかけられるけど、それって全部『相談』じゃないんだ。聞いて欲しいだけ。結果はもう自分の中で出ててさ、俺にGOサインを出して、背中を押して欲しいだけなんだ。……お前も、そうじゃないの?」
 江沢にそう言われて氷河は自問自答する。
 ……答えは、出てる?
「越智はさ、のんびりな上に単純だけど芯はしっかりしてるだろ。お前が人に相談持ちかけるって珍しいじゃん。俺たち、もう三年つるんでるけど、芝居以外でお前から相談らしい相談受けたのって、この前のヒカリちゃんの件くらいだよな。だからお前、相手が男って事で及び腰になってると思ったんだよ。……確かに、いろいろ面倒だし、覚悟も必要だけどさ、好きならいいんじゃねーの? 好きって気持ちを認めるのも大変かもしれないけど」
「……江沢」
 江沢はそれだけ言うと、枕に顔をうずめた。
「もうこの話はおしまい! 寝るぞ、遅刻は出来ないからな」
 氷河もそれ以上、何もいえなかった。
 江沢の寝息を聞きながら、桜木を思い出していた。

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