アンバー 35

 部員と、桜木を含む数名の外部からの助っ人の迅速な行動のおかげで、時間に余裕を持って小屋を後にすることが出来た。
 このまま、一晩貸切の居酒屋へ打ち上げに向かう。
 氷河と江沢は今度は殆どが廃材となった荷物を積んだトラックで一旦大学へ向かい、荷物を倉庫に戻して打ち上げ場所に向かう事になっていた。トラックはレンタルで、明日返さないといけないからだ。江沢が運転し、氷河が助手席に座る。一年生の男子数名を荷台に乗せて大学へ向けて高速に乗った。
「俺さ、打ち上げって最初から出た事無いんだよね」
 ハンドルを握りながら煙草をくわえて江沢が苦い顔をする。それを横目で見て氷河も頷いた。
「俺も。いっつもトラック要員だもんな……打ち上げ場所に着く頃にはみんな出来上がってるし……ちょっと切ないな」
「大学について、荷物下ろして……打ち上げ参加できるのはニ時頃かな……あーあ、奴らが潰れてる中で大騒ぎしてやろうぜ。寝てる奴いたら叩き起こす!」
「当然」
「そういえばさ」
 江沢が氷河を見て意味ありげに笑った。
「外部から手伝いに来てくれた人の中で、前田さんていたの、覚えてる?」
「ヒゲの人?」
「そう。あの人自分で劇団持っててさ、次の公演でお前に照明頼みたいって」
 江沢の言葉が信じられなくて、氷河はそのごつい横顔を穴のあくほど見つめた。
「……ほんと?」
「本当。すごく良かったって、ベタ誉めだった。再来月だってさ。予定入れるなよ」
 認められた……使いたいと言ってもらえた。
 氷河の胸に熱いものがこみ上げる。
 全力で取り組んできて、「これ!」とぶつけたものが、他の誰かの心を掴んだ。ここ数年、照明一色だった氷河の世界の中で、これ以上幸せな事があるとはちょっと思えなかった。
 感動をかみ締めている氷河をちらりと見て、江沢が今度は確信を持った微笑みを浮かべる。
「ちなみに舞監オレ。よろしく」
「あ……よろしくな。……どうしよう、すげー嬉しい」
「嬉しいついでにな。卒業したら、尾上と劇団を作る。お前、そこも照明で入れよ」
 氷河は今度こそまじまじと江沢を見つめた。
「……俺?」
 呆然と聞き返すと、江沢が深く頷いた。
「ハッキリ言った事なかったけど、俺も尾上も、お前の照明好きなんだ。繊細で、綺麗で、でも思い切りが良くて派手なとこはバーン、と決めるし。お前らしさが良く出てるよ。今回のもさ、正直驚いた。……お前さ、ちょくちょくよその公演の手伝いに行ってたじゃん。勉強した成果出てるよ」
 だめだ、嬉しすぎて涙が出そうだった。
 江沢は一番の友人であるとともに、舞台監督として照明の立場から尊敬もしていた。その人に、こんな風に言われるなんて。誘ってもらえるなんて。
 瞳の奥が熱くなるのを誤魔化すかのように、氷河は深呼吸をした。江沢が話しながらスピードを上げていく。前を走る車のテールランプを見つめ、ふと桜木の事を思い出して江沢を睨んだ。
「おい、お前さ、さっきの話は置いとくとして。なんで桜木呼んだ事教えてくれなかったんだよ。びっくりしたじゃん」
 すると江沢は前を見たまま、澄ました顔で言った。
「お膳立てしてやったんだよ。嬉しいくせに」
「う、嬉しいって何が!」
 図星をさされて声がひっくり返る。江沢が短くなった煙草を灰皿に押しつけて笑った。
「お前、ほんっと鈍い。最初っから桜木に惹かれてたくせに、気づいてないんだから」
「えっ?」
「言っただろ? ヒカリちゃんが倒れて、桜木と初めて会った時に。『桜木はやめとけ』って」
 江沢に言われて、ぼんやり思い出した。
 確かあの時、間近で見た桜木のハンサムっぷりに夢中になったのだ。
「あの時はさ……こうなるとは思わなかったし、男相手に片思いなんて不毛だから止めとけって言ったけど、あっちもその気なら万々歳じゃん」
 そんなふうに明るく言われると、どうしていいか分からなくて窓の外をひたすら見つめた。
「付き合うんだろ?」
 しばらくたって、江沢が静かに聞いた。
 江沢に何も隠すつもりは無い。それでも恥ずかしさから少し口にするのに躊躇した。
「うん……」
 ようやく出た返事はみっともなく掠れていて、こんな調子で、一体桜木を前に何と言えばいいのか不安になる。そんな氷河の不安を拭うように江沢が優しく言った。
「なんかあったら、いつでも言えよ。応援するからさ」
 今日は、いろんな事があった。
 トラックの振動に揺られながら、氷河はダッシュボードの上の塵を見つめた。

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