chocolate box #2 1

 貴章とは、あんな出会い方をしなければ、もしかしたらもっといい関係を築けたのではないかと、何かにつけ圭はそう思う。それが、圭のお決まりの都合のいい想像にしかないとしても、それでも都合のいい想像は圭を少しばかりいい気分にさせた。
 もっとも、現実に対面した時には冷静な頭で考える。
 今の関係だって、けして悪くはない、と。
 
 圭と貴章の出会いは、大学一年生の時。桜がまだ残るキャンパスで出会い、水球部の新歓コンパに一緒に参加した。
「何故参加する事になったのか、まるで覚えていない」
 いつだったか、それとなく水球が好きなのかと聞いてみたら、貴章は軽くそう言った。そして、それ以上その事について思い出そうとも、考えてみようともしないようで、圭の煙草を勝手に取り上げて火をつけた。
 圭の好む銘柄にしょっちゅうケチをつけるくせに、自分の手持ちが無くなるとあっさりと圭の煙草を手にした。
 圭が脱ぎ捨てたシャツの胸ポケットを探り、煙草のパッケージを取り出す、貴章の手の動きにその都度見惚れた。圭の煙草を銜え、火を付けた時に一瞬不愉快そうな顔をするのも、好きだった。
 貴章は覚えていないようだが、圭はこれでもかというくらい、はっきり覚えている。
 校舎から校門までの、並木道。
 4月の大学、その二百メートルたらずの通りは人でごったがえす。あらゆる部活やサークルが机を置いて、看板を立てて、新入生獲得に大騒ぎになるのだ。
 圭は、最初からどこか体育系の部活に入ろうと考えていた。もともと運動神経には自信があるし、男が多い環境が良かった。自分の性癖をかなり早い時期から自覚して、それをあまり抵抗もなく受け入れていた。あわよくば……という考えが、あった、という事も理由のひとつだ。
 水球部、という見慣れない言葉を掲げた看板に圭が何となく興味を引かれて足を止めると、その部員らしいよく日に焼けた男子学生ににこやかに声を掛けられた。
「新入生? 興味ある?」
「……はあ」
 曖昧に返事をした、その時。後ろから強い力で背中を押された。
 ヒッと声を上げてよろけた圭は、水球部の逞しい学生に腕を捕まれて支えられ、同時に背後から若い女の子独特の高い黄色い声に包まれた。
「ねえねえ、うちらのサークルおいでよー」
「こんどの土曜日、コンパだからー」
 自分を支えている学生に真っ赤になりながら頭を下げて、何事かと後ろを振り返ると、派手な化粧をした女子学生の集団が一人の青年を取り囲むようにして大騒ぎをしていた。
 それが、圭と貴章の出会いだった。
 女子学生が夢中になって大騒ぎをするのもあっさり納得できるくらいに、貴章は整った容貌をしていて、圭は女子学生たちの中で頭二つ分くらい背の高い貴章に一瞬見惚れていた。
 笑いながらも、困った様子を僅かに滲ませていた貴章と圭の目が合い、貴章は次の瞬間、わざとらしすぎるほど大きな声を出した。
「あ、それそれ。ウォーターポロ。俺、それやりたかったんだ!」
 貴章を囲んでいた女子学生たちが一瞬沈黙する。
 そして皆が揃って貴章の目を追って振り返り、「水球部」の看板と、その部員らしき男子生徒、その生徒に未だ腕を支えられている圭へと遠慮なく視線を向けた。
 何だかいたたまれない気分になり、俯く圭のもう片方の腕を、女子生徒を掻き分けて近づいてきた貴章が掴んだ。
 そして、部員に大きな声で話しかける。
「俺たち、ウォーターポロに興味あるんですけど、話聞かせてもらえませんか?」
 俺たち?!
 圭と貴章はその時が初対面で、圭は訳がわからないままに貴章と部員に引きずられるようにして水球部の部室を訪ね、水球についてあれこれ説明を受け、その夜さっそく新歓コンパに連れ出された。
 圭は、自分の隣にずっと座っていた貴章を意識しっぱなしで、先輩の話など馬耳東風だったし、これは後から知った事だったが、煩い女子生徒達から逃げ出せた貴章が、実は早く中座したがっている事にも気づかなかった。

 貴章は持ち前の明るさと乗りのよさでコンパを盛り上げ、水球部のコワモテの先輩達に浴びるように酒を飲まされて夜が明ける頃にはすっかり潰れていた。
 圭はこれでもかと酒を飲み続ける貴章を、他の新入生や部員達をハラハラしながら見守っていた。
 朝日の差し込む繁華街の路地で、完全に酔っ払った貴章が圭の肩に捕まりながら、哂った。
「お前、オトコ好きだろ」
 耳を疑った。
「俺みたいなの、好みだろ? ずっと俺見てただろ」
 貴章の酒臭い息を間近で吹き付けられながら、酔っ払いの戯言と流せなかった。
「俺も、お前みたいなカオ好き。ねー、これからセックスしようぜ」

 そのまま、近くのホテルへと転がり込んだ。

Next

chocolate box #2 1」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: chocolate box #1 2 | fresh orange

ただいまコメントは受け付けていません。