chocolate box #3 1

 そういった類の趣味を持つ男たちが自然と集る店というのがあって。
 二丁目じゃないところにも、数こそ少ないが、存在する。
 縁あってそういう店で働くまで、俺は二丁目以外にも薔薇の世界があるんだって事を知らなかった。
 いや、語弊無いようにしておくと、俺はれっきとしたノーマルなんだけど。
 仕事が無くて路頭に迷いそうになっていたのを、ここのマスターが拾ってくれたのだ。

 郊外の、でもそれなりに発展した都市にある小洒落たバーが俺の勤務先で、俺はとりあえず必死で酒についての知識を叩き込み、シェイカーをひたすらに振ってカクテルを作る練習をした。バーの事務所にカウチソファがあって、そこで寝泊りする事をマスターが許してくれた。
 近くに大学があるおかげで、学生が多い街だった。銭湯もコインランドリーもあって、時給もまあまあ。俺はちょっとずつまともな生活が出来るようになっていった。
 仕事があるのって、素晴らしい。
 しばらくすると仕事に慣れ、精神的にも余裕が出てきて、常連さん達とお喋りを楽しめるようにもなってきた。
 場所が場所だけに、俺もホモのバーテン志望って事になっているので、お客さんに誘われる事もたまにある。機転をきかせてくれたマスターが、「この子、彼氏と遠距離恋愛中だから」と助けを出してくれて、俺の貞操はまだ守られている。
 客層は、意外にも(意外にも?)とても良くって、医者や弁護士や、大手企業の重役やら、これから大手になりそうな会社の社長やら、渋い高年や中年や、若いそれなりな色男などいろいろで。
 つまりとっても羽振りが良くって、チップも弾んでくれて。
 俺にはウハウハな職場だった。

「ユウちゃん、こんばんはー」
 その陽気な声に、俺はグラスを拭いていた手を止めてにっこり笑顔を作る。
「山上さん、いらっしゃい。こんばんはー」
 山上さんはグラフィックデザイナーで、細身のインテリっぽい30代。いつもにこにこしていて悪酔いする事もなく、そういう意味でもとてもいいお客さんだ。ちゃんとステディな彼氏もいて、時々一緒に店に来る。これがまた、美人な彼氏で、山上さんは彼氏さんにぞっこん。当然一人で来ても他の男に手をだしたりなんてしない。でも、彼氏の方はいろいろつまみ食いをして楽しんでいる。この店の公然の秘密。知らないのは山上さんだけ。
「寒くなってきたねえ」
 にこにこと笑顔を崩さないままに、山上さんはトレンチコートを脱いで、後ろの壁のフックに吊るした。
「そうですよねー。もう十二月になるんですよ。一年ってあっという間ー」
 笑いながら、俺は山上さんにお絞りを差し出した。
 元々、他愛ない世間話は得意だし、もしかしたらこういう接客業って俺に向いてるのかもしれない。
「年末というと、クリスマスだろ。何プレゼントしようか、今から悩んでるんだよ」
 悩んでなんかいないだろ、とツッコミを入れたくなるくらいに、山上さんは満面の笑顔だ。彼は、ここで俺やマスター、もしくは居合わせた客相手に惚気るのが目的で来ているようなところがあるから、俺は彼に合わせて首を倒してみせた。
「悩む必要なんて無いですよー。山上さんのとこ、ラブラブじゃないですか。山上さんからなら、何もらったって大喜びしますよ、きっと」
 こんなこっぱずかしいセリフ、店以外じゃ絶対言わない。でも山上さんは嬉しそうに相好を崩すし、それを見ている俺も何だか嬉しい気分になるし、悪くない。
「ユウちゃんは、ダーリンに何か送るんでしょ? あ、それともユウちゃんがプレゼントになって、会いに行く?」
 山上さんの上機嫌な問いかけに、俺はブッと吹き出しそうになりながらも、なんとか営業用の笑顔を保つ。
「無理無理。クリスマスは、店営業してますからー。俺はここで仕事してまーす」
 すると、山上さんはとっても悲しそうな顔をした。
「ええー、マジ? でもそれじゃあダーリン、悲しむよ。俺からマスターに言ってあげようか?」
 うげ、なんつう事を。
「いや、……ほら…………あ、ほら、俺のカレ、すっごい仕事忙しいし。クリスマスとか関係ないんですよー。ま、正月に会うから、別にそれでいいんです」
 とっさにでた嘘でなんとかやり過ごすと、山上さんはじっと俺を見ながらうんうんと頷く。
「そうかー……ま、お店とかやってる人だったりすると、逆にクリスマスは稼ぎ時だもんね。クリスマス、忙しい人もいるんだよねー……でも、ユウちゃん可哀想。俺なら、クリスマスは絶対二人で過ごせないと嫌だもん」
 山上さんは、女も顔負けのロマンチストだ。
 そして、とてもいい人だ。
「ユウちゃん、けなげで一途だよね。こういうトコで働いてると、いろんな人に誘われるでしょ? でも、身持ち堅いもんね。ホントーにダーリンのこと、好きなんだね。もしさ、ダーリンと喧嘩したら俺んとこおいで。俺がユウちゃんのダーリン、叱ってあげるね。こんなにいい子なんだから、泣かすなーって」
 山上さんの言葉に、笑って頷いていると扉が開いて、俺は反射的にそちらを向いて挨拶を投げかける。
「いらっしゃいませー」
 今日二人目のお客さんは、圭さん。
 多分、まだ学生とか、それくらい。
 とても若い。でも社会人のような落ち着きは無い。服装とか、動作とか。なんとなく、自由な印象を残している。でも、身につけているものはどれもいいものだし、品がある。どっかのボンボンなのかな、と勝手に思っている。
 そんな圭さんは、知的でハンサムなルックスも手伝って、この店の独り者のお客さん達に大人気だ。誘われている事もしょっちゅうなんだけど。
 いつからか、誰の誘いにも乗らなくなっていた。
「コンバンハ。……ユウちゃんビールね」
 仕立ての良さそうなコートを脱ぎながら、少し愁いのある笑顔を見せてくれた。
 コートの裏地のバーバリーチェックがちらりと目に入る。
 高校の時、好きだった女の子がバーバリー好きで、その子の影響で、俺が知っている数少ないブランドの一つだ。
「あ、俺、ジンライムね」
 山上さんが思い出したように注文したので、俺は返事をして、グラスを手に取った。
 二人ともこの店の常連で、互いに誰とも今は遊ぶつもりが無いから、一緒に酒を飲むのにはうってつけらしい。誘われたり、それをかわしたりって駆け引きをしないでいいし。
 圭さんは山上さんの隣のスツールを引いて、彼の顔をのぞきこんだ。
「こんばんはー。今日は、トオルさん一緒じゃないんだ?」
 トオルさんとは山上さんの彼氏さんの名前だ。
「うん。トオルくん、仕事で事務所にカンヅメになってるんだー。だから、俺、寂しくって」
「へえ、大変だね。山上さんは? 忙しくないの?」
「俺は、おっきな仕事一個片付けたばっかだからねー……。圭ちゃんは?」
「俺は……暇ですよー。暇ヒマ」
 二人の前にコースターを置いて、その上にそれぞれの注文を置く。二人はグラスを持ち上げて乾杯をした。
「学生さんは、後期試験、始まるでしょ?」
「うーん。でもそれも来年だし。今はヒマ、持て余してるの」
「……あー、だからだ?」
 山上さんは、グラスの酒を一口飲んでから、人差し指で自分の目元を指差した。
「ヒマすぎて、色々考えちゃうんだ? 圭ちゃん、睡眠不足はお肌の敵だぞ」
 山上さんの言葉と仕草が、遠まわしに圭さんがあまり寝ていない事を指している事に気づいた。バーの薄暗い照明の下だと、なかなかそこまで気づけない。
「…ええ? ……これは、深夜映画にハマってて。だからだよ」
 圭さんはうっすらと笑んで受け流すと、喉を鳴らしてビールを飲んだ。
 明らかに嘘だと分かるその言葉に、山上さんが痛々しそうな表情を見せる。
「圭ちゃんも、いい子だから。俺もトオルくんに会う前に圭ちゃんに会ってたら、惚れてた可能性大だよ!」
 山上さんの慰めに、圭さんは静かな微笑で答えた。
「そんな事言って、トオルさんに告げ口しちゃうよ」
「あー、それはダメダメ。トオルくんはああ見えても嫉妬深いんだよ」
 秘密、のジェスチャーで山上さんが、メッと、圭さんを軽く睨む。圭さんは可笑しそうに笑って瞬く間にグラスのビールを空にした。
「俺、二人みたいなカップル、好きだな。いいよね、山上さんのとこ」
 圭さんの指が、グラスの縁を軽く叩く。
 二人はそれから暫く雑談をして、やがて山上さんの携帯が鳴って、彼氏さんに呼び出され、店には俺と圭さんの二人になった。

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