chocolate box #5 1

 堀田とは、もうかれこれ三年のつきあいになるか。

 目の前で重々しい顔をして座る男を眺めながら、立川はぼんやりと考えた。これが何度目の定期報告になるのだろうかと、頭のどこかで計算をする。その答えが出る前に、答えを拒否するかのように思考を遠くへと押しやった。
 堀田は立川に丁寧に頭を下げて、傍らのビジネスバッグから茶封筒を取り出す。
 その厚さを見て、立川は今回も何も収穫が無かった事を悟り、気づかれぬように溜め息を漏らした。

「二子玉川の駅周辺で見かけたという情報を元に、二子玉川は勿論、その沿線の駅周辺、それから二子玉川からアクセスしやすいターミナル駅にまで調査の範囲を広げていますが、まだ、めぼしい情報は手に入っておりません」
 堀田は一見地味な中年のサラリーマンにしか見えない風体をしている。
 黒ブチの眼鏡にくたびれた鼠色のスーツ。タイはどう見ても駅で千円で売っていそうな安物だった。何度会っても、分かれた数時間後にはその顔を忘れてしまう。
 どこにでもいすぎて、印象に残らない。それが堀田だった。 しかしこれで変装の名人でもある。一度、仕事中の堀田に街中で出会った事があるが、見事に初老の男性に化けていた。
 堀田は、その道二十年の探偵だ。
「……その、二子玉川で見かけた、というのももう半年も前の話しだろう」
 立川が溜め息交じりに告げると、堀田は頬を引き締める。
「仰る通りです。ですが、それ以降確かな情報がありませんので、どうしてもそこから調査の糸を手繰るしかないのです」
「……分かった。君を信用して、任せるよ」
 いつものお決まりのセリフを言い、立川は薄い茶封筒を手にして立ち上がる。
 その中身が何の意味も無い報告書だと、分かっているけれど。
 自分で目を通さなければ、納得がいかないのだ。

「アキラくんは、必ず見つけ出しますから」

 立ち去ろうとする立川に、堀田が後ろから声をかけた。
 立川は一度足を止め、しかし振り返らずにホテルのティールームを後にした。

 アキラは、立川の血の繋がった弟である。
 今年34になる立川とは、一回り以上離れている。
 立川の父親は最初の妻とは数年で家庭内別居状態となり、やがて愛人を広すぎる邸宅の、これまた広すぎる庭の一角に作らせた離れへと招いた。
 その愛人とも長くは続かず、様々な女性が入れ替わり立ち替わり、父の傍へと群がっていた。離れには常に女性が住んでいて、立川の父は夜をそこで過ごした。
 数多くいた愛人達の、一番若い女が産んだ子が、アキラだった。
 正妻の長男である立川にとって、アキラは歓迎すべき存在ではない。
 しかし、離れで暮らす歳の離れた弟はなぜかとても立川になついた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 と、煩く付きまとい、いつでも立川の傍に居たがった。
 いつの間にか、立川にとってアキラは最も愛すべき存在になっていた。
 本当ならば、アキラは今頃大学生になっているはずだった。
 本当ならば。
 
 アキラが、今も立川の傍に……家にいてくれたなら。

 ホテルの駐車場へ向かい、愛車へと乗り込んだところでスーツの懐に入れてある携帯が振動した。
 立川は思わず顔をしかめる。
 黙って会社を抜け出した立川を秘書が何らかの用事で連絡してきたのだと反射的に予想したのだ。
 立川の秘書は非常に有能な人物で、その能力は立川も高く買っている。
 こうして月に一度、そっと会社を抜け出す訳もあの有能な秘書は気づいている筈だった。
 しかし、携帯は取り出す前に振動を止めた。
 液晶画面にはメールを一通受信した事を知らせるマークが点滅している。
 運転席に体を押し込めてから、立川はメールを開いた。

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