chocolate box #6 2

 アキラが、和菓子を皿に盛ってそれを椎名の前に置いた。
 湯のみに綺麗に色の出た茶を注ぐと、あたりにふんわりといい香りが漂う。
 アキラは食べ方にも拘る。
「先に、お菓子を一口食べてね。お茶はその後だよ」
 真剣な口調のアキラに頷いてみせてから、椎名はフォークで(一人暮らしを長年続けた男の家に、和菓子用の楊枝など無い)和菓子を一口の大きさに切って口に運んだ。
 そんな椎名を、アキラがじっと見ている。
 和菓子は、さっくりと柔らかく、口の中で軽く溶けた。
 アキラが最初に言ったとおり、餡の強い甘さをあまり感じない。
 へえ、と思ったのがそのまま顔に出たようで、明が満面の笑みを浮かべた。
「ね?」
「ああ」
 頷き、湯のみを手に取る。
 熱くて程よく渋いそれは、椎名の舌にここ半年の間ですっかり慣れていた。
 アキラも自分の前に、白餡で作ったらしい和菓子を引き寄せて、フォークを入れる。
 丁寧な手つきで口元に運び、和菓子を味わうと、満足げに一度目を閉じた。
 椎名は、お茶の味よりも寧ろアキラの表情の変化を楽しみながら、湯のみを傾ける。
 いつの間にか、部屋が薄暗くなってきた事に気づいた。冬の午後は、早い。
 やはり、アキラが好きな白熱球を入れた室内灯を点す。
 部屋はぼんやりとした柔らかい明かりに包まれた。
「明日はね、雨だって」
 ゆっくりとお茶を一口飲んでから、アキラが告げた。それを聞いて、椎名はアキラに笑顔を向ける。
「そうか、良かったな」
「うん。今夜の遅い時間から降り始めるんだって。明日は朝から雨だよ」
 椎名の部屋は、いつの間にかアキラの「好き」でいっぱいになっていた。
 それは、心地良く椎名の生活を、椎名自身を包んでいく。
 向き合って、和菓子とお茶を楽しみながら、どちらからともなく微笑んだ。
「俺ね」
 アキラが、声を潜める。
 狭いマンションで、二人きりで。
 誰も聞いていないし、普通に話す声でも充分に聞き取れるのに。
 アキラは、内緒話をするように、言った。
「雨の朝が、一番好き」
 椎名は、アキラの作る雰囲気を壊さないように、少しだけ眉を上げるようにして言葉の続きを促した。
 アキラには話したい事が、いつでもとても沢山あるのだ。
「それでね、その朝が、椎名さんの仕事の休みの日だと、もっと好き」
 アキラが、椎名の名前を呼ぶたびに、椎名はとても嬉しくなる。
 だから、多分椎名の頬が緩んだのだろう。
 アキラは椎名の顔を見て、大きな澄んだ瞳を細めた。

 目覚めると、仄明るい白い光が、窓から部屋に入り込んでいた。
 屋外は雲がかかった天気なのだとすぐに分かる。
 ようく耳を澄ましても、しん、とした静寂に包まれている。
 アキラの「好き」は、目が覚めた時にすぐに外の景色が見えることだ。
 だから、アキラがこの部屋に転がり込んでから、椎名はベッドを窓際に移動させて、アキラの好みを反映してカーテンはいつでも開けたままにしている。
 そっと首を回すと、細い雨が降っているのが分かった。
 アキラは椎名の隣で、まだ静かな寝息を立てている。
 目覚めたアキラが、雨に喜んでにっこりと笑うのが想像できて、椎名は一人嬉しくなった。
 壁の時計は十時を指している。
 休みの日に寝坊出来るのも、寝坊できるからその前の晩、激しく出来るのも椎名はとても大好きだ。
 それを知っているアキラは、早起きが好きだけれど、休みの日の朝には椎名の「好き」にちゃんと付き合ってくれている。
 もっとも、前の番に椎名が遠慮なくアキラの体を攻め立てるから、目覚めも自然遅くなるのかもしれないが、椎名は自分が都合がいいほうに解釈している。
 アキラの無邪気な寝顔を眺めながら、椎名はもう一度枕に頭を沈めた。
 アキラはブランチが好きで、椎名の作る目玉焼きとホットサンドがブランチに出てくるのが最高だと言っていた。
 それから、目覚めた時に椎名が傍にいるのもとても好きだと言ってくれている。

 さて、先に起きてブランチを作るべきか、それともアキラが起きるのを待ってから卵を割るべきか。
 二度寝の睡魔に襲われつつ、椎名は幸福な悩み事に浸る。

Fin

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