みつめる愛で 13

 通された部屋は思いのほか広く、すっきりと片付いていた。
 角部屋らしく東と南に大きな窓。
 中はしっかりとリフォームされており、外観ほどの古さは感じられない。
 しかし、ちらりと覗いたバスルームとトイレは昔のままで、そのアンバランスさがかえって魅力だった。
「ここ、いい部屋だな」
 窓からは荒れ放題に荒れた……その分、緑があふれ返る庭が見える。そんな庭を眺めながら素直に感想を言うと、桐生は嬉しそうに頷いた。
「だろ?古いから家賃は安いんだけど、広いのと庭がついてるのが気に入ってここにしたんだ」
 部屋の奥には紐が渡され、そこにはたくさんの写真が洗濯バサミで止めてあった。
「これ、全部桐生が取ったの?」
写真の下に立ち、見上げながら聞くと、お湯を沸かしながら「ああ」と桐生が返事をするのが聞こえた。
 見上げる写真は全てモノクロ。
 ポートレートではなく、どこかの町並みを撮ったものだった。
 東京の至るところで、こっそり見ることができる、むかしのままのごちゃごちゃした町並み。
 玄関の前で、花に水をやるおばあちゃん。
 ブロック塀の上で威嚇するネコ。
 寄り添って並ぶ長屋。
 今は使われていない井戸。
 どうという事のない風景といえば、そうだ。それなのに目が離せない。
 一つ一つが、驚くほど魅力的だった。一つ一つから、溢れんばかりのパワーが伝わってくる。
 桐生の撮った、小さな紙切れの全てに物語が詰まっていた。
 感動して見上げていると、いつの間に来ていたのか、俺の後ろに立っていた桐生が苦笑しながら言った。
「なんて格好で見てんの」
「え、だって……」
「外せばいいだろ」
 そして、ひょいと腕をのばして、ぶら下げていた写真を洗濯バサミから外し、俺に渡した。
「うん、もう乾いてるから大丈夫」
 渡された写真はこころなしか、ちょっとべた付く。
「乾いてるって……自分で現像したのか?」
 びっくりの連続だ。
 桐生はちょっと得意そうな眼をして、壁のほうを顎で示した。
「あそこ、暗室」
 見ると、確かに扉がある。
「もともとシャワールームだったんだけど、風呂も付いてるんで必要ないし、暗室に改造 したんだ。窓が無いから真っ暗でいい具合だし、水も出るしね」
「本格的なんだな」
 そう言うと、桐生は俺を見下ろして自信に溢れた微笑を浮かべた。
「本気でやりたい事だから」
 俺は言葉もなく、桐生を見つめた。
 なんて、魅力的な表情をするのだろうか。
 こんなに、確かな、力強い、それでいてピュアな笑顔をするなんて。
 ……ようやく、俺に向けてくれた……
 桐生の笑顔に魅せられながら、感動の表面に、嫉妬心や憧れや、誇らしさのようないろいろなかけらが渦巻いているのを感じた。
 そんな自分の内面を素直に感じている事が不思議だった。
 俺は、桐生のオーラに呑まれているんだ。
 桐生といることで、違う自分になれたような、奇妙な感覚に支配されている。
「いいな、そうやって一生懸命になれるの」
 尊敬の気持ちでそう告げると、桐生は眉を上げて俺を見た。
「冴島にだってあるだろ。冴島くらい熱心に勉強しているのってすごいと思うぞ」
「……確かに、ゼミには夢中になってるけど、……それと、桐生が写真を真剣にやりたいのとはちょっと違う気がする」
 どこがどう違うのか上手くいえないけど。
 桐生を見上げると、真剣な眼で俺を見つめていた。
「違っていないよ。少なくとも、ゼミの時の冴島はいいカオしてる」
 桐生に、いいカオ、と言われた事がとても嬉しかった。
 同時にその時に彼が俺に向けた眼差しの意味を探ろうとしていた。
 桐生、俺はお前が何を考えているのか知りたい。
 心の裏側まで覗き込みたい。
 黙って桐生を見上げ、次の言葉を待つ俺に、彼は自然に視線を外して残りの写真を手渡した。
「はい」
「……ありがとう」
 視線をかわされた事にすっきりしない物を残しながら、その場にあぐらをかき受け取った写真をめくる。
 その中にはポートレートは一枚も無く、全て町並みを撮ったものだった。
「ポートレートは撮らないのか?」
 写真を見ながら問い掛けると、桐生が軽く笑った。
「ポートレートは、一年の文化祭の時だけ。たまたま。本当は風景を撮るのが好きなんだ」
「へぇ……」
 ポートレート、良かったのに。もったいない。と思ったのは最初だけ。
 桐生の写真をめくるうちに、あの文化祭の時以上の興奮と感動に襲われた。
 手渡された写真は、どれもが違った輝きに満ちている。
 どのシーンも精一杯、個性を主張していた。
 桐生がさまざまな思いでシャッターを切ったのが伝わってくるようだ。
 夢中になって写真をめくりながら、一枚一枚をもっとじっくり見たいのと、早く全部を 見たいのとで不思議なもどかしさに襲われていた。
「……いいなぁ、このまま写真集にして書店に置きたい位、いいよ」
「誉めすぎ」
 心からの感嘆の言葉を告げると、桐生はコーヒーの入ったマグカップを手渡してくれながら、くすぐったそうな、それでいてどこか厳しい顔をした。
「どっちかというと、けなして欲しい。その方が刺激になるから」
 そこまで厳しい態度で臨むのは、それだけ写真に対する情熱と向上心があるのだろう。
 それが、彼のエネルギーなのか。
 溢れんばかりに燃え上がるオーラの正体が少し分かった気がして嬉しくなる。
 カップを受け取り、一口飲んでから再び写真を眺める。
「けなせって言ってもなぁ……桐生の写真はさ、一枚一枚がすごく自己主張するんだ。で、何を主張しているのか探りたくなる……目が離せない。俺、きっと一枚を何時間でも見ていられるよ。批評でも批判でもなくて、ただの素人の感想だけど」
 正直に告げながら、渡された写真から顔を上げる。
 あ……うわ。
 桐生が照れてる。
 完全に赤くなった顔で、戸惑ったように俺を見ていた。
「……そういってくれると、嬉しい」
「あ……お世辞じゃないよ」

NEXT

みつめる愛で 13」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: みつめる愛で 12 | fresh orange

ただいまコメントは受け付けていません。