あなたのとりこ 2

あなたのとりこ

 無言で隣を歩く恭は、カーディガンのポケットに両手を突っ込み、ぐるぐるに巻いたマフラーに鼻先を埋めている。カーディガンの深い緑と、朱とピンクのまだらのマフラーは、恭の部屋の椅子の上では有り得ない位ミスマッチに思えたが、恭が身に纏うと不思議に馴染んだ。恭にはそんな才能がある。それを才能と呼んで正しいのかは判らないが、周りを従わせてしまう、何か。無言のうちに、何者をも引き連れる力。それは晴樹のような命あるものだけに限らず、無機物にさえ及ぶ。恭がいれば、晴樹の目は恭を追う。めったに言葉を発しないから、恭の息を聞く。恭は、晴樹の王様だ。
 猫背がちに落ち葉を踏む恭のブーツの先に視線を遣りながら、晴樹は映画の場面を思い出す。
 無愛想なヒロインに、無器用な男がデートを申し込む。しかし照れたヒロインは男の気持を踏みつけにするように意地悪な言葉を吐くのだ。

 客観的に見ればアイロニーさえどこかユーモラスな映画だったのに、自分事だと笑えない。
 ヒロインに無碍にされた男が傷ついて背中を向けるのに、晴樹は恭を好いている自分を重ねるのだった。

 無口で滅多に笑わなくて、他人を疎む恭と親しくなるのはとても骨が折れた。もしかしたら自分は嫌われているんじゃないかと何度も思った。……いや、今のこの状況も、親しいと言い切るには疑問が残るし、嫌われていないとはっきり言い切る勇気も……足りない。
 他人事ならにやりと笑えるが、自分の身に振りかかれば必死だ。

 あのシーンをどう思ったか、恭の感想を尋ねようと、晴樹が口を開きかけるのと、恭がぴたりと足を止めるのとがほとんど同時だった。

「どうしたの?」

 自分の質問は引っ込めて尋ねる晴樹を、恭はちらりと見て、くるりと90度方向転換した。そしてすたすたと、背中を伸ばして早足に歩き出す。慌てて恭の後を追うと、道の向こうにパン屋があった。

 恭が返事をしないのはいつもの事で、それにも慣れているはずなのに、晴樹はうすぼんやりとした寂しさを感じる。
 迷いの無い足取りでパン屋の入り口をくぐる恭の後に続きながら、晴樹はため息を飲み込んだ。
 パン屋の中は暖かくて、いい匂いがした。焼きたての小麦粉の匂いだ。恭は迷わずに、トングでフランスパンを一本掴んでトレーに乗せるとレジへ向かった。恭はフランスパン…だか、バゲットだかフィセルだか、とにかく細長くて皮が固いパンが好きだ。そういうパンとコーヒーとワインがあれば、文句無く満足して生きていけるんじゃないだろうかと思うくらいに好いている。そして今日も、紙袋に入れてもらったパンを一本抱えて、入り口の側で立ち尽くす晴樹には全く視線もくれずに、どこかウキウキした様子でパン屋を後にした。

Next

あなたのとりこ 2」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: あなたのとりこ 1 | fresh orange

ただいまコメントは受け付けていません。