海へ行こう 1

海へ行こう 1

お盆休み、帰省している最中のこと。
実家で毎日をだらだらと過ごしている俺に、高校時代の友人から電話がかかってきた。
「北村と申しますが、康俊くんはいらっしゃいますか?」
聞き覚えの無い声と名前に、最初キャッチセールスかと思った。
疑わしきは罰する、とは違うかもしれないが、自然に冷たい、堅い口調になる。
「はい、私ですが、どちら様でしょうか?」
すると電話の向こうの主は、嬉しそうな歓声を上げた。
「俺、俺だよ、哲平。覚えてる?」
最初?マークだった頭の中に、懐かしい笑顔が蘇った。
「え、あー!哲平?!久し振り!!」
こちらも叫び声を上げる。
北村哲平。
高校一年の時のクラスメートで、進級してクラスが別れてからも仲良くしていた。
物事を深く考えるのが苦手で、でもいつも明るく元気でお祭り騒ぎが大好きだった。
「なんだよ、急に。嬉しいじゃないか~」
「元気そうだな。東京に行ったって聞いてたから、今なら帰省してると思ってさ」
「哲平にしては珍しく的確な読みだな。一昨日、帰ってきたんだ」
「珍しく、は余計だっつーの」
言いながら、電話の向こうで笑っている声が聞こえる。
つられて俺も笑い出しながら、哲平とつるんで馬鹿騒ぎをした日々を思い出していた。
企画屋の北村と、黒幕の石川と呼ばれていた。
学校で不定期に勃発する楽しいイベントの仕掛け人はたいてい俺たちで、先生や生徒会を混乱させ、
生徒たちを大喜びさせていた。
毎日がワンダーランドだった。
卒業してから俺が東京の学校へ進学し、郷里を離れた上、滅多に帰省しなかったのでこちらの友達
とは疎遠になっていた。
今回の帰省も実に二年ぶりだった。
誠にいいタイミングでかかってきた電話だと言える。
「なぁ、暇か?」
あのころと全く変わらない口調でたずねてきた。
「あぁ、すっごい暇にしてる」
普段つけている仮面を脱ぎ去り、とても素直な感情で答える。
「じゃあさ、海に行こうぜ」
それはとても唐突だったけれど、いかにも俺達らしく、俺は勿論、諸手をあげて賛成した。

10分も経たないうちに哲平が車で迎えに来た。
電話で教えられたとおり、家の外に紺色の4WDが到着したのを確認して表に出る。運転席から懐か
しい顔がのぞいた。
「久しぶり!!」
高校を卒業して8年振りに会う笑顔はあのころのままで、少しだけ生じていた緊張があっという間
に溶けて無くなって行った。
その顔を見て、話したい事が次から次へとあふれて来る。
「ほんっと、久しぶり。変わらないなぁ、哲平。あ、ちょっと大人っぽくなったか」
「大人っぽくなるのは当たり前だろ」
哲平は笑いながら、さっさと車に乗るように促す。
助手席に乗り込み、シートベルトを締めると哲平が待ちきれないかのように車をスタートさせた。
「今、何やってんの、ヤス」
懐かしい愛称で呼ばれ、くすぐったいような嬉しいような、微妙な気分だ。
「普通にメーカーで営業。哲平は?」
「なんだよ、つまんない答え方だなー、何売ってんの?」
「あ~、パソコン関係」
あまり仕事の話はしたくなくて、曖昧にごまかす。
でも、それでなんとなく察してくれたようで、哲平は前を見ながら軽く頷いた。
「そうか。俺も似たようなもんだ。家電を売ってる」
「え?店舗?」
「営業だよ。お互い苦労してるな?」
冗談めかして言うので、これに乗る事にした。
「苦労した分、価値がつくんだ。きっと」
哲平は口元だけで笑って、ステレオのボタンを押した。
車内に、ノリもいいが心地良い音楽が広がる。
「へぇ、これ、かっこいいな。誰?」
と聞くと、聞いたことの無いバンド名を告げられた。
てっきり洋楽かと思いきや、流れてきたボーカルは日本語で少し意外だった。
「趣味いいな、哲平」
素直に感想を述べると、哲平は得意そうに笑う。
「今更気づいたか。いいだろ?これ。でも、あんまり売れてないんだよな」
疾走感があるのに、どこか気だるい。
ジャズっぽいニュアンスが音楽をありきたりなものから遠ざけていた。
夏を意識させる歌詞が、これから海へ行くのだという期待感を気持ちよく煽ってくれる。
「さて、どこにいく?」
「どこって、海だろ」
「だからさ、どこの海?」
「どこって……」
そこまで話して気づく。
今いる場所はかなり内陸で、海まではだいぶ遠い。
太平洋にしても日本海にしても。
思わず顔を見合わせた。
「……遠いな」
「悪いな、現実的な事なんて何も考えないで、思いついたままで誘った」
哲平が申し訳なさそうな顔を見せた。
「今更だろ。俺たちいつだってそうだったじゃないか。どうせだから、少しでも南に行こう」
思わず笑い出しながら言った。
忙しい日常に押し殺していた自分自身がどんどん開放されていくのを感じる。
「一応、日帰りの予定だけど、帰ってくるころには日付かわるかもな」
デジタル時計を横目で眺めながら哲平がつぶやく。
「構わないって。帰りは運転替わるから」
車は眩しい日差しの中、目的地に向かってスピードを上げた。

まるで変わっていないと思った哲平だったが、良く見れば体つきは幾らか逞しくなったようで、顔つきは
どこか柔和なっていた。
あのころはガリガリに痩せていて、たまに不機嫌になってとげとげしい空気を発する事もあったのだ。
まぁ、若気の至りだろうけど。
改めて観察し、いい年齢の重ね方をしたのだなと思う。
もともと人好きのする顔と性格だし、きっと職場では女子社員に人気があるのだろう。
なんとなくハンドルを握る左手に目が行った。
アクセサリーをひとつもしていない手を見て、ホッとしている自分がいた。

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