東京タワーへ行こう 1

 

東京タワーへ行こう

あれから、つきものが落ちたかのように、自分が晴れやかな顔をしていることに
気づいていた。
仕事をするのに、なぜ他人を蹴落とさなくてはいけないんだ。
自分で一生懸命やれば、自ずと結果は出てくるはずなのだ。
どうしてそんな簡単な事を忘れていたんだろう。
他人を気にしないで仕事をすると、びっくりするくらい気持ちが楽だった。
同僚に笑いかける余裕さえ出てきた。
もっとも、職場の人間はそんな俺を気味悪そうに見ていたけれど。
職場自体が、きりりと引き締まった空気なので、そんな俺は浮いていたがあまり
気にしなかった。
あの日の海の思い出だけで、あとニ、三年は余裕で生きていけそうだった。

そんな中、哲平から電話がかかってきた。
「ヤス、俺。来週出張で東京にいくから。泊めて」
相変わらずの元気な声に思わず笑みがこぼれる。
「いいよ。どのくらいこっちにいるんだ?」
「うーん、一週間かな。月曜の夜から泊めて貰って日曜に帰る。あ、迷惑?」
「迷惑なわけない、楽しみだよ。歓迎するから」
そう言うと、電話の向こうで哲平が嬉しそうに言った。
「ヤスからそんな言葉をもらえるとはなぁ」
だから、言ってやった。
「最近の俺、生き生きしてるぞ。哲平、見て驚くなよ」
そりゃあ楽しみだ、と哲平は笑った。

大学時代の下宿先はともかく、就職してから住み始めたこの家に招いた人の数は
驚くほど少ない。
就職先で友人と呼べる人物が出来なかったというのが大きな理由なんだけど。
だから、哲平の来訪はとても楽しみだった。
念入りに部屋を掃除し、滅多に使わない客用の布団を干す。
食事も、外食ばかりではいけないだろう。
せっかく来るのだから、何か作ってやろうと食材を買い込み、缶ビールも1ダース
冷蔵庫に入れる。
月曜はもうすぐだった。

待ち合わせの駅の改札を出てきた哲平は似合わないスーツ姿で、最初誰だかわからなかった。
俺の知っている彼は学ランか、Tシャツとジーンズだったから。
こう言っては失礼なんだろうが、どうも顔と雰囲気がサラリーマンぽく無いのだ。
学生とか、フリーターとか、せめて自由業と名乗ってくれたほうがよっぽどピンとくる。
俺のマンションに向かう道すがらそれを告げると、あからさまに嫌そうな顔をした。
「見慣れてないからだよ。金曜にはなじむから」
そして、しげしげと俺を眺める。
「ヤスは似合ってるよなぁ」
「そうか?普通だと思うけど」
自分の身体を見下ろしながら言うと、哲平は大げさに否定した。
「いいや、同じ年代とは思えないくらいハマってるよ。紳士服の広告みたいだ」
さすがにそれは言いすぎだろうと、隣を跳ねるように歩く哲平を見ると、彼はにやり
と笑った。
「老け顔だから」
それから家まで、哲平を追い掛け回した。道を知らない哲平が、勝手に路地を曲がるもの
だから家に着くまで、普段の三倍かかってしまった。
ドアを開け、部屋に入る頃には、二人とも笑いすぎて腹筋と喉がおかしくなっていた。

「俺さ、東京タワーって行った事ないんだ。登ってみたいな」
その夜、ベッドの下にひいた布団の中で哲平がつぶやいた。
「え?そうなの?」
「うん。中学の修学旅行が東京だったんだけど、俺、熱出して休んだんだ。その後も、
東京に遊びに来ることはあったんだけど……東京タワーは行かなかった。」
そりゃそうだろう。
こっちに住んでいても、「行こう」とはなかなか思わない場所だ。それにしても、
修学旅行に行けなかったというのは、ずいぶん寂しい記憶だ。
さぞかし残念だったろう。
「じゃあ、こっちにいる間に俺が連れて行ってやるよ」
思わずそう話しかけていた。
「え、本当?」
哲平が驚いたように言って、布団から身を起こしこちらを見た。
「あぁ、けっこういい所だから、楽しみにしてろよ」
そういうと哲平は嬉しそうに笑った。
「俺、ヤスの所に来て良かったなぁ」
東京タワーごときでこんなに喜んで貰えるなら安いものだ。
哲平の翳りの無い笑顔を見ながらそうひとりごちた。

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