東京タワーへ行こう 4

結局、食事をし、酒を飲み、風呂に入り、寝室に行ってもまだ話せずにいた。
情けない。
俺って、こんな煮え切らない性格だったか?
始終にこやかな哲平の笑顔が曇るのを、少しでも後伸ばしにしたかったから。
布団に横になり、電気を消した。
意を決して、口を開いた。
「あのな、哲平」
「明日、どうする?」
同時だった。
「あ……」
思わず、何を言っていいか分からなくなり言いよどむと、暗闇の中、哲平がくすりと
笑うのが分かった。
「いいって、ヤス。明日、駄目になったんだろ?」
「えっ?!」
「見てて、気づいた。ずーっと何か言いたげにしてるから。いいよ、気にするなよ」
「哲平……」
「泊めてくれてありがとう。明日、帰るよ」
さっぱりとした口調で言われ、慌てて口を挟んだ。
「えっ、日曜までいるんじゃないのかよ」
「だって、ヤス、疲れてるだろう。日曜くらいゆっくり休めよ。俺がいると気を使うだろ」
「いいよ、せっかく来たのに全然……それに、気を使ってるのは哲平じゃないか」
掃除も、ごみ捨ても、完璧だったのだ。朝、哲平の作る朝食の匂いで目覚めた。
俺はおかげでかなり楽をさせてもらった。
「俺は世話になってる分際だから、気を使うのは当然だろ」
哲平は当然、という口調で返す。
「それこそいいんだよ。俺は哲平が来てくれただけで嬉しかったんだから。なのに、全然
もてなせなくて、しかも明日の約束も反故にするし、申し訳ないよ」
「じゃあ」
哲平が、やさしい口調で言った。
「また、来てもいい?」
俺は驚きで目が丸くなる。
「いいに決まってるだろ」
「良かった」
哲平がホッとしたように笑った。
「……明日な、昼間は駄目なんだけど、夜は大丈夫だから。東京タワーには行こうな」
少しの沈黙のあと、哲平が「それだけで十分なのに」とつぶやいた。
なぜか、泣きそうな声に聞こえた。

17時に浜松町の駅で待ち合わせた。
見慣れたTシャツとジーンズ姿の哲平が改札口に立っていて、それを見つけた瞬間、
高校時代にタイムスリップしたような気がした。
西に見えるタワーの足元に向かって歩きながら、哲平が近づいてくる塔を見上げ何度も
「大きいなぁ」と感嘆を漏らした。
特別展望台までのチケットを買い、エレベーターを上る。
ぐんぐん高度を上げていくエレベーターの中で、変化する気圧に鼓膜がおかしくならない
ように何度か唾液を意識して飲み込んだ。
エレベーターが到着し、ドアが開くと哲平が大きなガラスに駆け寄る。
「………わぁ………!!」
眼下に広がる東京の町並みは、迫り来る夕暮れにぽつりぽつりと明かりをともし始めていた。
なかなかいい時間に来れたような気がする。
哲平は子供のように目をきらきらさせて広大に広がる街を見つめた。
ゆっくり展望台を一周する。
いつのまに変わったのか、窓の下に設置されているているらしい発光ダイオードが鮮やかな
光を点滅させ、不思議な空間に変化させていた。
まるで、東京ではない、異世界の街を見下ろしているような錯覚に囚われる。
「あっちが、俺達の街だなぁ」
哲平はブルーグレーに染まった空を指差し、郷里の方向を示した。
いや、俺には「郷里」でも、哲平には現在進行形で「自分の街」なのだ。
ここからは見えない、その街までは結構な距離があった。
そして明日には、其処へ帰る友人が目の前に立っていた。
高校生までは、同じ空間で同じ時間を共有していたのに、いつの間にか生活空間も、生活時間
さえばらばらになってしまっている。
一日は24時間なのに、俺の24時間と哲平の24時間は砂時計とデジタル時計くらい違う気がした。
「哲平」
呼びかけると、滑らかな動作で振り返った。
読んでみたはいいが、何を言っていいものかちょっと困っていると哲平はにやりと笑った。
「なんだよ、その顔。俺が帰っちゃうから、寂しいのか?」
「ま、まさか!」
思わず否定すると、哲平は露骨に悲しそうな顔をした。
「……だよなぁ、だから、毎日帰りが遅かったんだよなぁ。俺と顔あわせたくなかったんだ?」
何を言い出すのかと絶句していると哲平が俯いた。
長めの前髪が垂れ、表情が見えない。
「俺は、寂しいよ」
声が震えていた。
……泣いているのか?
「違うよ、哲平、俺もすごい寂しいよ。遅かったのは仕事だからだって、何度も言ったじゃないか。
本当は今週は暇な筈だったんだって」
必死に言葉を重ねる。
するといつの間にか哲平は顔を上げてにやにや笑っていた。
「知ってるよ。からかっただけ」
「………この!!」
腕を振り上げてみせると哲平は明るく笑った。
「俺、演技上手いだろ。ヤス、高校の時も何度も騙されてるのに、変わんないな」
「え?」
そういえばそうだった気がする。
「離れてても、人間、芯の部分はそう簡単に変わらないね」
歌うように言って、哲平はまた夜景に目をやった。
「正直、仕事しているヤスはなかなか男前だったよ。ちょっと惚れた」
「……はぁ?」
なんでそうなる?
多分、よほどおかしな顔をしていたのだろう。
俺の頬に軽くパンチを当てる振りをして、いつものように哲平は笑っていた。

帰る道すがら、哲平は何度も東京タワーを振り返った。
そして、神妙な表情で丁寧に礼を告げられた。
礼を言いたいのはこっちの方だ。
哲平の笑顔で。言葉で。
どれだけ救われているか。昔の自分を、無くしたと思っていた自分を、体の中に感じる事が出来るか。
そんなこと、周にはいえないけど。
本当は寂しくて仕方が無かった。
東京タワーがどこまでも俺達を見送っていた。

END

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