幼馴染み 1

幼馴染み

 三歳の時に引越しをした先で出会った幼馴染は、二人が高校二年生になった今でも隣の家に住んでいる。そして小学校にあがってからずっと、休み無く毎朝俺を呼びに来る。玄関の向こうで、大きな声で。
 俺はその声を合図に、気を抜けばすぐにでも眠ろうとしてしまう瞼を無理やりに開いてスニーカーを履き、玄関を開ける。ポーチに置かれている自転車は、あいつのと色違い。中学入学の少し前に、近所の自転車屋で一緒に買ったものだ。
 同じだけ乗っているのに、俺のは薄汚れてなんだか古臭く見える。それに比べあいつの自転車は綺麗に磨かれて、まだ買ってそんなに経っていないようにさえ見える。
 並んで自転車を学校へと向けて走らせながら、隣をちらりと見る。
 きっちりと着こなした制服、さらさらと風になびく髪。
 俺はよれよれの制服をいかにも適当に着込んで、ともすればあいつより少し遅れがちに自転車をこぐ。

 学校が近づくにつれて、徒歩だったり自転車だったり、とにかく学生が多くなってくる。そのうちの非常に多くがあいつ──龍之介に「おはよう」と声をかけ、龍之介もいつも通りの愛想のいい声で「おはよう」と返事をする。
 自転車のサドルの上に乗る背中はいつでもまっすぐだ。
 龍之介の背中をぼんやり眺めながらキコキコと自転車をこいでいる俺にも、ときたま遠慮がちな声がかかることがある。
「……あー、片瀬も、オハヨ」
 龍之介とさわやかに挨拶を交わした後で付け足されるようにして呼ばれた、その名前が俺の事だと気づくのに一瞬遅れた。はっとして視線を横に移すと、併走するようにして自転車を走らせていた男子生徒と目が合う。
 気まずい空気が流れた。
 やばい、何か言わないと。
 おはよう、と口を開きかけるが、声が喉の奥に張り付いて出てこない。
「悪いね、コイツ朝はぼけーっとしてるからさあ」
 そんな俺をフォローするように、龍之介の通った声が、俺を通り越して気まずく視線を逸らせた男子生徒へと語られた。
「あ? ああ、いいよ別に」
 いつのまにか俺を挟むように三人で自転車を走らせている。
 男子生徒は龍之介に笑いかけると、ペダルをこぐ足に力を入れてスピードを上げる。
「俺、週番だから。お先」
 俺と龍之介を残して、男子生徒は校門の中へと消えていった。
「真琴、まだボーっとしてる? いい加減目ぇ覚まさないとダメだぞ」
 ちっとも俺を責めていない声で龍之介は言って、また、新しく声をかけてきた人物と挨拶を交わした。

「真琴、今日は俺部活あるから遅くなるけど。…何か、用事ある?」
 自転車置き場で後輪に鍵をかけながら龍之介が俺に声をかけた。
「…別に、用事なんてないけど」
 低血圧から来る朝の不機嫌さ丸出しで俺がぼそぼそと返事をすると、龍之介は「分かった」と頷いた。
「じゃあ、部活終わったら真琴のクラスに行くな」
 部活に熱心に打ち込む幼馴染を自分の教室で待つのも、もう何年も続いた習慣だ。

 上履きを履いて、階段を二階に上がるところまでは一緒。
 そこから先、俺と龍之介は右と左に分かれる。
 自分の教室の扉をくぐると、後ろから急に羽交い絞めにされた。
「おっす、片瀬。今日も貴公子と登校か? 仲いいなあ、お前ら」
 今年、同じクラスになってからなんとなくつるむ様になった松浦の腕を振り解いて振り向いた。
「あいつが毎朝、起こしに来るんだよ」
「面倒見いいなあ。確かに、貴公子が起こして連れてきてやらなきゃ、お前毎日遅刻してそうだもんな」
 松浦がとても楽しそうに笑う。
 貴公子という、聞いていても恥ずかしくなるようなあだ名は、俺の幼馴染のアイツ──龍之介のものだ。校内で、龍之介は多少のやっかみと、それから尊敬を込めてひそかにそう呼ばれている。
「俺が頼んだわけじゃねーよ」
 朝はダメだ。
 とにかく、テンションが低くて、友人のこんな冗談にさえ冗談で返せない。
 ……いや、朝だけじゃないけど。
 最近の俺はもっぱらいつでもこんな調子だ。
「貴公子、井野さんと付き合うって本当?」
 けれどもすでに付き合いも半年を越えた松浦はそんな事を意に介さず、いつもの調子で俺に話しかけてきた。
「……え?」
 思いがけない言葉に、鞄を下ろしかけていた手が止まる。
 俺よりも少し背の高い松浦を見上げると、松浦が夏はとうに過ぎたというのにまだ日焼けの残る顔で目を丸くした。
「あれ? 貴公子から聞いてないの?」
「……なに、ソレ」
「一昨日、井野さんが貴公子にコクって」
 井野さんは知っている。俺達の学年で、ベストスリーに入るくらいの美女だ。
 あどけない笑顔が可愛い、いかにも女の子っぽい。少し前にデビューして、そのとたんヒットを連発している美女アーティストにそっくりの。
「……井野さんって、龍之介が好きだったんだ?」
「まあ、納得だけどなー」
 美男美女だよなあ、と松浦は一人で納得して頷いた。
「……」
 確かに。
 並んだときに、とても見栄えのする二人だろう。
 それを冷静に頭のどこかで認めるとの同時に、胸の奥がツキリと痛む。
「なんだよ、片瀬、貴公子からホントーに何にも聞いてなかったんだ?」
 俺の顔を覗き込むようにした松浦の視線から逃れるように、乱暴に鞄を下ろして椅子を引く。
 龍之介は、そんな話を一切俺にしない。

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