幼馴染み 2

 教室の床の上。
 じかに座り込んで堅い壁に頭を預けると、丁度髪の毛のてっぺんを掠める様にカーテンがはためいた。
 開けっ放しの窓から入り込む風がくすんだ白い布を揺らす。
 それを見上げながら、足を投げ出して鞄の中からアイポッドを引っ張り出した。
 イヤホンを耳につけてプレイボタンを押すと、放課後の学校を支配する喧騒が遠のいていく。
 それと入れ替わるように、脳に響くようなドラムとギターの音。
 写真でしか見たことのないアーティストが、まるで想像も付かないけれどどっかのスタジオで演奏して録音されたのであろう音楽に身を委ねる。
 自然に降ろした掌に感じる床に、木の温もりを感じながら目を閉じた。

 抜けるように高い、どこまでも高い青空。
 秋の風が吹き抜けていく、砂利道。
 細い道路の向こうは藪で、そのまた向こうに小さな川が流れている。
 俺の祖母の家は、とんでもない田舎で、でもその田舎が俺は大好きだった。
 お盆を跨ぐようにして約一週間。俺は家族と祖母の家へ遊びに行く。その小旅行に、隣の家に住む、俺の唯一の友達である龍之介が同行するようになったのは、二人が幼稚園に上がった年からだった。
 砂利道を、二人で色違いの網の張ってある虫取り網を持って駆け回る。
 田舎のお盆はもう秋の気配が色濃く忍び寄っていて、アキアカネが無数に飛び回っていた。
 そのアキアカネの綺麗な赤い体に向かって虫取り網を振り回す。
 面白いくらい簡単に蜻蛉は網の中に捕まえることが出来た。
 アキアカネの綺麗な体に見惚れはするものの、俺は怖くて蜻蛉を捕まえる事が出来ない。網の中へ捕らえたアキアカネは、大声で龍之介を呼ぶと、地面に伏せた網のそばにしゃがみこんでいる俺の元へ、一目散にかけてきた龍之介が捕まえて、虫かごへ入れてくれた。
「ほら、まこちゃん、とんぼとれたよ」
 子供独特の舌足らずな龍之介の話し方。
 アキアカネの透けるような四枚の羽を、小さな指に掴む龍之介。
 俺は虫かごの扉を開く。
 そのわずかな隙間から、アキアカネを中へ押し込んで、龍之介はにこっと笑った。
「まこちゃんも、怖くないからとんぼさわってみたら」
 でも、俺はどうしても虫が触れなくって…セミも、カブトムシも、クワガタも、バッタも。
 それが、近所の苛めっ子達が俺をからかう絶好のネタになると知っていても、どうしても触ることが出来なくて、首を左右に振る。
「ぼくは、いい」
「とんぼ、こわくないよ?」
 俺を見て、首をかしげる龍之介の大きな眼がとても澄んでいた事を思い出す。
 あの、晩夏の空気みたいに。
「ぼく、いい」
 頑固に言い張る俺に、やがて龍之介は仕方が無いな、という風に笑う。俺の兄貴ぶって。その役割を楽しむように。誇らしげに。
「じゃあ、まこちゃんのとんぼは、ぼくが取ってあげるからね」
 うん、と頷く俺に、龍之介は満足そうに言った。
「とんぼ、捕まえたらぼくを呼ぶんだよ、おっきい声で呼ぶんだよ」
 分かってるよ、りゅうちゃん。
 大きい声で呼ばないと、りゅうちゃん、気づかないかもしれないからね。
 空はどこまでも広く、8月の夕暮れは遅い。
 アキアカネは無数に空を駆け巡り、俺は永遠に夏が続くような気がしていた。

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