「まーこーとー」
急に、音楽が遠のいて同時にリアルな肉声が鼓膜に響いた。
はっと目を開くと、顔のまん前に龍之介の顔があって、俺はめちゃくちゃビックリした。
「……うわっ」
あんまりに近すぎる距離に、反射的に体を引こうとして思いっきり壁に後頭部を打ち付けるハメになってしまった。
「…いってー…………」
後頭部を抑えてうめき声を上げる俺の前で、龍之介は涼やかな笑い声を上げる。
「なに自分でぶつけてんの? バカだなー、ホント」
「……うるせえよ」
ちょっとは労われってんだ。
「だいたい、そこどけよお前」
俺の投げ出した両足の上に跨るようにしている龍之介に毒づき、ヤツの頭をぐいと押してやると、龍之介はぷっと脹れっ面を作った。
「まこっちゃん、つめたーい」
「煩い」
美丈夫な龍之介が作る脹れっ面に、実はちょっとだけ見惚れてしまったけれど、それに悟られないようにさっさと立ち上がる。
「お前、部活の後ってすげえ汗臭くてヤダ」
嘘だ。
本当は、龍之介の汗のにおいに、凄くドキドキしている自分がいる。
さっきまで夢中になって聞いていた16ビートにも負けず劣らずな心拍数を、俺はそうやって隠そうとしている。
「真夏よりマシだよ。第一、エイトフォーしたらもっと臭いって怒ったの真琴じゃん」
自分の腕に顔を近付けて、龍之介はくんくんと匂いを嗅ぎながら言った。
「制汗剤と汗のにおいが混じって気持ち悪かったんだよ」
外したイヤホンは鞄のポケットに押し込める。
制汗剤が嫌だと言ったのは、龍之介の汗のにおいを消してしまうから。
本当は。
俺は、龍之介の体からにじむ、全てのものが、全部、とてもいとおしい。
「じゃあ、やっぱり明日から部活終わったらシャワー浴びてくる」
溜め息をついて、 龍之介も床から立ち上がった。
並ぶと龍之介は俺よりも10センチも背が高い。
小学校までは殆ど同じ体型だったのに、肩幅も、腕の太さも、いつのまにか全部龍之介に抜かされてしまった。
それは俺の劣等感を刺激して、同時に誇らしさを産む。
学校中の女の子が龍之介を見てキャーキャー言う。
龍之介は、掛け値なしに、圧倒的に格好いい。
「シャワーなんて浴びてきたら、俺、先に帰るからな」
制服のジャケットを羽織り、鞄をたすきがけにしながら龍之介を睨み上げた。
「そんなに時間かからないよ」
龍之介は困惑顔でズボンの尻を叩き、鞄を肩に掛ける。
「そもそも真琴はいつも夢中で音楽聴いてて時間なんて忘れてるくせに」
「お前が遅いから、音楽聴いて暇つぶししてるんだろうが。お前がもっと早く来れば、俺は家のステレオで音楽が聴けるんだっつーの」
考える前に言葉が次々と口をついて出てくる。
言ったそばから、後悔が押し寄せる。
どうして、こんな憎まれ口ばかり叩いてしまうのだろう。
龍之介は、男にも女にも人気モノで。
俺と一緒にいるのは、幼馴染だからってだけで。
いつ、愛想を尽かされるのか分からないのに。
俺よりもっとイケてて、話の面白いヤツはいっぱいいる。
そういうヤツらが、いつだって龍之介ともっと仲良くしたいって思ってる事を、俺はとってもよく知っているのに。
言ってしまった言葉は取り消しに出来なくて、俺は口をへの字に曲げたまま廊下へと出た。
すぐ後ろを龍之介がついてくる。
龍之介は、如才無くって。
こういう時、いつもすかさずフォローしてくれるのに。
今日のヤツは何もいってくれなかった。
そんな些細な事に、胃のあたりがきゅっと上がるような気がした。
……龍之介、何か、言ってよ。
俺は、子供の頃から何も変わっていない。
ちょっとだけ背が伸びて、声が低くなったくらい。
性格はうんと悪くなった。
いつも、龍之介の後を追いかけて。
何かあるとピーピー泣いた。
龍之介が、いつもどうにかしてくれて、俺はそれに頼っていた。
それは、今も変わらない。
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