背中に感じる龍之介が溜め息をついているような気がして、うすら寒いものが背筋を這い上がるのを感じる。
制服の下で、鳥肌が立った。
どうしよう。
龍之介に、愛想を付かされたらどうしよう。
お前なんかもういらないって言われたら、どうしよう。
いつも、俺の中にある恐怖がじわじわと這い登ってくる。
それを振り払うように、歩幅を大きくして歩いた。
少し遅れて龍之介がついてくる。
いつもの朝とは逆の光景。
帰りの遅れた女の子が廊下の向こうにいて、龍之介を見つけると元気に龍之介を呼んで手を振った。
「龍之介くーん、バイバーイ。また明日ねーっ!」
「ああ、バイバイ」
龍之介が、いつもの爽やかな、感じのいい声で答える。
そんな事にさえ、俺の胸の奥ははツキリツキリと鋭い痛みを送ってくる。
俺と、龍之介。
幼馴染だってだけで……これほど一緒にいるのが似つかわしくない二人はいない。
そんな、今更な事実がやけにでかく、重たく感じた。
無言のまま廊下を進む。
昇降口に並ぶ下駄箱。
俺と龍之介は並んでそれぞれの箱の扉を開けた。
「……あ」
龍之介が、ふいに零した声。
反射的に俺は龍之介の手元を見る。
龍之介の下駄箱の中に、可愛らしいピンクの包みがあった。
「…………」
こんなこと、これが初めてではない。
龍之介は、モテすぎるくらいに良くもてる。
……なのに。
俺は、本格的に目の裏側がカッと熱くなって、音を立てて扉を閉めた。
スニーカーを投げるようにしてすのこの下に落とし、乱暴に靴を履く。
早く、この場を去らないと情けない醜態を晒しそうだった。
「真琴、待ってよ」
焦ったように龍之介がピンクの包みを鞄の中にしまうと、上履きを脱いだ。
いつもはダラダラ話をしながら靴を履いて、自転車置き場までふざけながら一緒に向かうのだけれど、今日の俺はとても龍之介とそれ以上一緒にいられる気分じゃなくて。
龍之介を置いて、そのまま自転車置き場へと駆け出した。
「待って、真琴!」
龍之介の通る声が後ろから追いかけてきたけれど、俺は龍之介を無視して一目散に自転車置き場へと向かった。
「……」
よくよく考えれば分かる事なんだけど。
家が近所の俺と龍之介は、朝も一緒に自転車で登校する。当然の事ながら、隣同士に自転車を止めるので、自転車置き場で俊足の龍之介に追いつかれるのは当然の流れだった。 追いつかれたら……
その時はその時だ。
制服のポケットに手を突っ込んで自転車の鍵を探す。
「…あれ」
左のポケット。
あるはずのところに、あるはずの金属の塊が無い。
もしかして、落とした?
一瞬にして青ざめる。
マジかよ。
慌ててあたりを見回すが、それらしきものは落ちていない。
という事は…
今日の自分の行動を思い返す。
ジャケットを脱いだ時か着た時に落とした可能性が高いから。…教室か、もしかしたら落し物で職員室か事務室に届いてるかもしれない。
一度教室に戻ろうか。
振り返った時、ザッと背後で足音がした。
龍之介が俺を見下ろして、どこか悲しい顔をしているように見えた。
「真琴、何怒ってるの」
少しだけ疲れたような龍之介の口調に、そんな筋合いも無いのに俺はひどく傷ついた。
「……べつに」
しかし、俺の口からは吐き捨てるような言葉しか出てこなくて。
そんな自分に、心底嫌気が差しながらも、俺は自転車の鍵を探すべく自転車置き場を後にした。
少しだけ、期待したけど。
龍之介は、もう後を追いかけてこなかった。
Next
ピンバック: 幼馴染み 3 | fresh orange