龍之介に「好きな人」がいる、という事をはたと思い出したのは、翌朝いつものように俺を迎えに来た龍之介の顔を見たときだった。
「……あ」
おはよう、をいうより何より早く。
昨日の龍之介のセリフが俺の頭の中を駆け巡る。
昨日は、それについて考える間も、問う暇もなく自分へと浴びせられた質問を追っていたけれど。
「おはよう、真琴」
なんだか勝ち誇ったような笑顔で龍之介が俺を手招きする。
たすきがけにした鞄の、たすきの部分を掴むようにして龍之介のそばへと歩いていった。
「………ハヨ」
相変わらず、ボソっとした、聞き取りにくいであろう声が漏れる。
龍之介はそんないつもの俺を見て「仕方がないなあ」というように笑い、俺の手を掴んだ。
「……?」
わけが分からず、俺の手をつかんだ龍之介の手を見て、それから顔を上げる。
サドルにまたがったままの龍之介の顔が、同じ高さにあって、それに思わず胸が高鳴った。
「……真琴」
真面目は顔で話しかけてくる龍之介に、俺は呼吸も忘れて、視線を逸らす事も出来ずに見入ってしまう。
「真琴の好きな人って、学校の人?」
龍之介の真剣な目に押されるように、俺は思わずこくんと頷いていた。
……もっとも、それがどんな質問でも俺は頷いていたかもしれないけど。
「……じゃあ」
俺の手を掴んでいた龍之介のぬくもりが離れる。
そして、その指が俺の唇に触れた。
思いがけない接触に心臓が跳ね上がる。
龍之介の指が、丁寧に俺の唇を撫でた。
「口元に、パン屑つけたまま学校行こうとするなよ。顔洗ったか?」
繊細な指先が俺の朝食のかけらを払ったのだと理解するまでに時間がかかった。
理解したのと同時に、かあっと顔面に血が上る。
焦って数歩、あとずさった。
「な、なっ、何すんだよっ」
照れと恥ずかしさとうろたえてるのと、全部ごっちゃにして叫べば、龍之介が爽やかに笑う。
「真琴、いつまで経っても子供のままだなあ」
「う、うるさい!」
「ほらほら、早く乗って。遅刻しちゃうよ」
促すように、自転車の後輪を指差した。
………ああ、もうっ。
何だか色々大恐慌だけど、遅刻するのも嫌なのでとりあえず自転車の後ろに乗る。
勢いを付けて自転車を漕ぎ出しながら龍之介がとても楽しそうに笑った。
「真琴って、分かりやすいよなあ、ホント」
「……え、何っ?」
まだ大恐慌を引きずっている俺は龍之介の言葉の前半分が聞き取れなくて、聞き返したけれど、龍之介は返事の代わりに笑い声を寄こした。
自転車は、速度を上げて学校への道を滑るように進む。
俺は龍之介の肩につかまりながら、こいつは誰が好きなんだろうかとひたすらぐるぐる考えていた。
FIN
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