記念日

「散歩にいこうよ」
夕食の後で君が誘った。
一旦、家に帰った後で出かるのが大嫌いな君にしては珍しい。
「どうしたの、今日は」
靴を履きながら尋ねると、企んだような笑顔を見せた。

並んで駅まで歩き、線路を越えて坂道を下る。
商店街を抜け、住宅地の路地に入った。
どんどん家が遠くなるから、俺はいささか不安になってきた。
「おい、どこまでいくんだよ?」
人気が無いのでつないでいた手を引っ張ると、君は振り返って「いいから」と言ってまた歩き始める。
いつになく強引な君に、半ば呆れてついていった。
また、気紛れが始まったと思って。

そんな思いが覆されたのはそれから10分後。
住宅地の奥には森林が広がっている。
「どうしたの、ここ」
驚いて君を見る。
「国立療養所跡だって。知らなかっただろ、こんな住宅街の中にイキナリさ」
暗闇に広がる木の影が、何か懐かしいものを思い出させた。
「ここに来たかったから、散歩なんて言ったの?」
隣の君を見下ろすと、「しっ」と言って、人差し指を唇に当てた。
ささやかな月光の下、思わず君に見とれる。
人差し指をどけてキスをした俺の耳に、虫の声が聞こえてきた。

あぁ、これを聞かせたかったのか。
腕の中、君を抱きながらいつの間にか大きくなるハーモニーに耳を澄ます。

そして気づいた。
君に告白した時も、暗がりで虫が鳴いていた。
もう、一年になるんだね。
…………あれは、確か、去年の今日。

Fin