しようよ。 2

 りっちゃんは年上のお隣さんで、小さいころから僕とよく一緒に遊んでくれた。
 遊んでくれたというのは正確にはちょっと違うかもしれない。
 僕は身体が弱くて、長い時間外にいられなかった。すぐに熱を出したり、めまいを起こしたりすることが多くて、自然と家の中にいることが多い子供だった。
 僕にはりっちゃんと同い年の兄がいて、兄とりっちゃんがとても仲良しだった。インドア派な僕に比べ、健康優良児でアウトドア派の兄は僕に構わず外へ遊びに行く。取り残される僕を心配して、家に遊びに来て一緒にいてくれたのがりっちゃんだった。

 僕にとってりっちゃんは、いつのまにか世界の中心になっていた。
 優しくて、格好良くて、なんでも知っていて、僕を守ってくれる人。
 いつでも僕を抱きしめてくれる人。

 りっちゃんに対する気持ちは特別で、その特別なモノを一番大事にずっと抱えて生きていた。

 りっちゃん。
 この気持ちは、たぶん「好き」で「愛してる」だ。
 中学1年生の時にりっちゃんにそう伝えてみたら、りっちゃんはとても驚いて、それから困った顔をした。
 僕の愛の告白に
「でも俺たちは男同士だから」
 とか、そういうナンセンスな事は一言も言わなかった。
 そして一言、こう言った。

「俺も、悠貴がとても大切だよ」

「俺も好きだよ」でも「愛してる」でもなくて、大切だと言われた。
 けれど僕を見るりっちゃんの目はまっすぐに澄んでいて、僕から目を逸らさなかった。そしてぎゅっと僕を抱きしめてくれた。
 僕は全身でりっちゃんの体温を感じて、りっちゃんにしがみついて、幸せだなって思った。
 僕は、りっちゃんにとってもとても大切な存在。
 幸せ過ぎてため息がこぼれた。

 イギリスから帰ってきたりっちゃんは、日本食や日本でよくある食事をものすごく渇望していて、りっちゃんの帰国以来、隣の家の食卓ではムニエルやらパスタやらは滅多にお目にかからなくなった。僕はほぼ毎日のようにりっちゃんの家にお邪魔して、おばさんとりっちゃんが食事をしているのを眺める。おかずをちょっとだけ摘まませてもらうけど、あんまり食べちゃうとお腹いっぱいになって自分の家で食事が出来なくなるから、ほんのちょっと。りっちゃんのおばさんは関西出身だから全体的に薄味で、生まれも育ちも北国のうちのお母さんの味付けとは全然違って面白い。
 りっちゃんがきれいに箸を使うのをみながら、おばさんが僕のためにいれてくれた麦茶をすする。この家に僕がいるのはとても自然になっていて、おばさんは時々
「悠貴くんが律のお嫁さんになってくれたら、嫁姑で仲良くできると思うんだけど」
 ととても残念そうにそして本気でそれを望んでいるかのように言う。今日もそういったあと、僕の方を見て、ね? 同意を求めた。
 りっちゃんは口の中に入れたものを噛んでいるから口を開けずに「どうしようもないことを言って」というようにおばさんを見る。僕はあいまいに笑ってキュウリのナムルをつまんだ。
 でも、本当にそう思う。
 僕が女の子だったら、それがとっても自然で、そしてそうなれば、みんなが何の問題もなくとっても幸せなのになあ、って。
 でも僕も最近はちょっと調べていて。
 僕がりっちゃんの家の養子に入るって手もあるなあ、って心の中で思っている。

 りっちゃんとおばさんの食事が終わった後ようやく自分の家に帰ると、お兄ちゃんが帰ってきたところだった。
「お前、また律の家に行ってたの。あんまりしつこくするなよ」
 りっちゃんとは違う大学に進学したお兄ちゃんは、今は社会人一年生だ。小さいころはあんなにりっちゃんと仲良かったのにいつの間にかあまり話さなくなっていた。僕がほぼ毎日りっちゃんの家に行くのに比べ、お兄ちゃんは廊下でたまたまりっちゃんに会った時くらいしか話さない。
 僕が思うに、お兄ちゃんはりっちゃんに嫉妬しているんだと思う。
 りっちゃんがあまりにカッコよくていい男だから。
 お兄ちゃんとリっちゃんは全然タイプが違っているけど、僕から見たら断然りっちゃんがカッコイイ。お兄ちゃんもブサメンではないけど、ちょっと残念だなって思う。
 背が170cmくらいしかないところとか。
 まあ、それは僕も同じなんだけど。
 顔がちょっと童顔なところとか。
 それもまた、僕もお兄ちゃんと同類なんだけど。
 だから、お兄ちゃんも本当はりっちゃんに憧れているんだと思っている。
 ただ、僕は素直にそれを全力で表現して、お兄ちゃんはカッコつけて外に出さないだけ。
 兄弟でもずいぶん違う。

 僕の家のご飯は高菜ピラフと茄子の揚げびたしとキノコのスープで、僕はりっちゃんが冷やし中華を食べていた姿を思い返しながら自分の家の食事を取った。りっちゃんが何かを飲み込むときに喉が動くのとか、すごくかっこいい。  
 頭の中がりっちゃんの家の食卓だったから、自分が食べているものの味がよく分からなくなってしまって困った。けれど、残さず最後まで食べる。
 動かないからお腹が空かなくて食が細い僕は、特に夏はあまり食べたくない。過去に何度か夏バテでフラフラしているところをりっちゃんに見つかって、優しい口調でたしなめられた。りっちゃんがイギリスに1年間行く前に、「ちゃんと食事をすること」という約束をりっちゃんとした。僕の中でりっちゃんは絶対で、だからりっちゃんとの約束は何があっても絶対に守る。
 僕が頭の中で何を考えているのか、お兄ちゃんは察していて、横眼で僕を見て何も言わずに眉を上げた。

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