つけてよ。 1

 りっちゃんに触れているのが好きだ。
 リっちゃんの匂い、体温、さらさらした肌。
 僕を呼ぶ声と、笑顔。
 好きじゃないところなんて、ひとつも思い浮かばない。
 僕はりっちゃんの家の隣に住んでいて、それはとても幸せだけど
 でも、できればもっともっと近くに居られたらいいなと思う。

つけてよ。

 りっちゃんとりっちゃんのお母さんはテレビに興味がなくて、映画はDVDで見るけれどそれ以外にテレビが付いているのを見たことがない。りっちゃんは映画好きだからしょっちゅういろいろ見ている。おばさんも映画好きで、二人が見たいものが一致すると、リビングで一緒に映画を見る。もちろん僕も参加する。
 おばさんは一人でゆったりとソファに凭れ、りっちゃんと僕はだいたい並んで床の上に座ってソファに凭れる。僕はりっちゃんにぴったりくっついて画面を眺める。
 僕は映画を見るというよりも、りっちゃんと一緒にいてりっちゃんに触れていたいだけだから、アクションとかミステリー以外はだいたい途中で寝てしまう。眠ってしまった時は必ずといっていいほど、僕はりっちゃんのほうにずるずると倒れるみたいで、目が覚めるとりっちゃんのお腹や太ももの上に頭をのせて完全に横になっている。目覚めた時に一番に感じるのは、僕の髪を撫でるりっちゃんの手の感覚や肩に載せられたりっちゃんの手の温かさで、それが心地よくて僕はそのまま寝たふりを続ける。おばさんは僕のこんな様子にもすっかり慣れっこで、当たり前みたいにりっちゃんにくっついている僕を受け入れていて、りっちゃんも絶対に僕を邪険にしたりしない。
 りっちゃんの家の居間で映画を見ながら寝るのは僕にとって至福の時間だ。

 その日はなんだか静かで悲しい歴史映画で、当然ながら1時間を過ぎたあたりから字幕を追っていた僕のまぶたは重くなり、やっぱりりっちゃんの膝の上で寝てしまっていた。
映画のエンディングであろう静かな音楽と、Tシャツから出た僕の腕に触れるりっちゃんの手の温かさに気持ちよい眠りの世界から目が覚める。りっちゃんの膝に頭を預けたまま、流れるエンドロールを見ていた。
 映画の内容はさっぱり覚えてないけど、最初の方に出てきたヒロインの子供時代を演じていた金髪の女の子は可憐でとても可愛らしくて良かった。若いころの主人公を演じたヘーゼルの瞳の俳優も凛々しくてまるでりっちゃんみたいでかっこよかった。あの俳優はなんていう名前なんだろう。
 下から上へと流れるエンドロールをぼんやり眺めていると、おばさんが笑いを含んだ声でりっちゃんに語り掛けた。
「悠貴くん、やっぱり寝ちゃったわね」
「悠貴は歴史ものがそんなに得意じゃないからね」
「でも、見るのよね。今度はアクションかアニメにしましょうね。そうしたら悠貴くんも最後まで見てられるから」
「コメディでもいいね」
「そうね………まるで仔犬みたいね。本当に。可愛いわ」
 おばさんがクスクス笑い、紅茶を飲みましょうね、と言ってキッチンに向かった。
 りっちゃんが指先で僕の髪を梳く。
 僕は幸せで、りっちゃんの膝の上で目を閉じたまますこし身じろぎした。
「悠貴、起きた? ……おはよう」
 りっちゃんが低い優しい声で話しかける。
「うん……おはよう」
 昨日の夜もりっちゃんのベッドで過ごしたから今日は二度目のおはようで、僕はゆっくり起き上がってりっちゃんの隣に座りなおした。本当に僕、りっちゃんの犬みたいだ。
「………いいなあ、それ」
 気づいたら無意識にそう呟いていた。
「え?」
 リモコンを手に、DVDを止めていたりっちゃんが僕を見る。
「ううん、なんでもない」
 おばさんがキッチンから僕を見て、「おはよう」と声をかけてくれた。「悠貴くん、ダージリンとセイロン、どっちがいい?」と聞かれて「セイロン」と答える。おばさんのいれてくれる紅茶はとってもおいしい。
「おばさん、手伝う」
 僕はりっちゃんの肩に一度頬ずりしてから立ち上がって、キッチンへ向かった。

「宮崎、今日の放課後って用事ある?」
 昼休みにいつも一緒に食事をするクラスメート達からそう話しかけられた。
「少しならあるけど、7時までには帰りたい。どうして?」
 7時ちょっと過ぎがりっちゃんが帰ってくる時間だ。りっちゃんは大学を休学中で、9月に復学するまでは毎日アルバイトをしている。どこかの会社で資料作成のお手伝いをしているのだという。だからりっちゃんは昼間は家にいない。
「……あのな、俺たち、今日……」
 お弁当を食べたり、体育の授業でチームを組むときにいつも一緒になるクラスメートの三人は、特に目立つタイプでもなければ大人しすぎるタイプでもない。僕も含めてごく平均的な男子高校生だと思う。
 彼らは顔を見合わせてから、言いにくそうに、けれど目をキラキラさせて僕に耳打ちした。
「放課後、鈴木の家でAVみるんだけどさ。お前もこない?」
「…………」
 僕はそれまで、アダルトビデオとかアダルトDVDというものを見たことが無かった。
 エロ本は中学の時にクラスメートが学校に持ってきたのをちょっとだけ見たことがあったけど、ほんの数ページだ。僕が見たり読んだりするものはだいたいりっちゃんから与えられたもので、りっちゃんがエロ本だとかエッチなDVDを僕に見せるはずがなかった。
 けれど僕はたぶん同級生に比べたら性的な知識はだいぶ偏った方向のものだけもっていて、そして知識を得るよりも先にいろいろ経験してしまっている。りっちゃんから直接。本やDVDがなくても、リっちゃんは自分の手で僕の身体に直接色々なことを教えてくれた。
 でも、僕も健全な高校生だから。
 もちろん、興味はある。
「いいよ、行く」
 すんなり頷いた僕に、クラスメートたちはちょっと驚いた顔をしながらも喜んで「行こう、見よう」と受け入れてくれた。

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