つけてよ。 2

 鈴木君の家にあったAVは全部で3枚もあった。鈴木君のお兄さんが友だちから借りたやつで、今日はお兄さんがアルバイトだから遅くまで帰ってこないらしい。ちょうど鈴木君のお母さんもパートとそのあと親睦会で不在にしていて、お父さんは深夜まで帰ってこないし、だから安心して「AV鑑賞会」が出来るのだと教えてくれた。
 僕らはコンビニでコーラとポテトチップとチョコレート菓子を買い込み、鈴木君の家のテレビの前で3枚のDVDを並べて正座した。
「どれから見る?」
 少し上ずった声で鈴木君が僕らの顔を見る。
 ボブカットの清楚な女の子が体操服とブルマを着ているパッケージのものと、色っぽいお姉さんが挑発的な下着でこちらを見ているパッケージのものと、いろんな私服姿の女の子の小さな写真がたくさんついていて「素人娘」と書かれたパッケージのものだった。
 僕らはそれらのDVDを凝視して、それから議論した。意見はみごとに分かれ、議論は白熱した。僕は正直どれでもよくて、だから白熱した議論を交わしたのは僕以外の三人だ。
「宮崎は本当にどれでもいいのか?」
 熱い意見を交わして、けれどまるで決まりそうになくて、三人は僕を見た。
「どれでもいいよ。僕はAVってものを見たことがないから、どんなものだか見てみたいし、何が好きかもよくわからないから」
「じゃあさ、宮崎、ちょっと後ろ向いて」
「うん」
「今、三枚を重ねたからさ、一番上か真ん中か、一番下か。どれか宮崎が言って。それを見よう」
「じゃあ真ん中」
 適当に答えたら、色っぽいお姉さんのDVDだった。
「決まりだ!」
 そしてエッチなDVD鑑賞会が始まった。

 僕は、りっちゃんと見る映画の中のシーン以外で動いている女性のヌードをほぼ初めて見た。
 それはちょっと衝撃的なDVDで、ジャンルでいえばSMと呼ばれるものだった。お姉さんは首輪を付けられて、目隠しをされて、縛り上げられて、アンアン喘いでいた。
 やたらごつい男の人が女の人にいろいろしていた。
 いくつかの内容はりっちゃんと僕が、夜にこっそりりっちゃんのベッドの中でしていることと同じ、というか似ていたけれど、でも全然違うような気がした。

 ……でも、やだなあ。僕も、もしかしてあんな声だしちゃってたりするのかな。

 なんだかやたらと声が大きくてわざとらしくて白々しい。
 僕はDVDを見て興奮するというよりも、自分もこんな声を出しているのか心配になっていた。

 こんな声だしてたら、おばさんに気づかれちゃう。……大丈夫だよね。いつも声出さないように我慢しているし、りっちゃんも大丈夫だって言ってくれてるし。

 そしてショックだったのは、お姉さんを床の上に這わせながら「この雌犬め!」と男の人が言ったことだった。
 僕もりっちゃんの犬っぽいけど、でもこれとは違うと思う。けれど女の人は「雌犬め」と言われて嬉しそうで、さらに雌犬め、がいつしか雌豚め、になっていて、僕はさらにショックを受けた。
 犬がエスカレートすると豚になるのか?
 ……嫌だ、犬ならりっちゃんに可愛がってもらえるけど、豚になったら全然可愛がってもらえない。顔はテレビの画面のほうに向きながらも、僕の頭の中はりっちゃんのことでいっぱいで、りっちゃんの犬ではいたいけど、豚には絶対になりたくない、と考えていた。
『このいやらしい雌豚め、俺にいやらしいことをいっぱいしてほしくてたまらないんだろう』
 男の人は蔑むように女の人に言って、女の人がつけた首輪から伸びた鎖を引いた。女の人が男の人の前に這いつくばるようになる。男の人は『俺の靴を舐めろ、雌豚』と女の人に命令した。
 えぇ、靴なんて舐めさせちゃうの?
 汚い……
 僕は画面を見ながら顔をしかめたけれど、女の人は荒い息をしながら大人しく靴を舐めた。
 うへぇ……
 あ、でも僕。
 りっちゃんの靴なら………
 そう考えて、慌てて首を左右に振る。りっちゃんは定期的に丁寧に靴を手入れする。ちゃんと布で拭いて汚れを落とし、クリームを塗って日陰で風を通す。革靴に水分は厳禁だ。りっちゃんの靴が傷んでしまう。
 りっちゃんは絶対靴を舐めろなんて言わない。
『ようし、もういいぞ。お前のやらしいアソコを見せてみろ。雌豚め、お前は俺のピーが欲しくてたまらないんだろう』
 アングルが変わり、男の人がそう言った時、僕は激しくショックを受けた。
 まるで僕のことのようだ。
 僕は、りっちゃんとしたくて、りっちゃんのアレがほしくてたまらない。
 ……それって、やっぱりいやらしい雌豚になるの?!
 画面の中で、男の人がさらに下品な言葉と優しさのかけらもない声音で女の人をいたぶっていた。

 結局DVDを1枚だけ見て、僕は鈴木君の家をお暇することにした。
 全然興奮しなかったし、一刻も早くりっちゃんに会って僕がとんでもない声をだしていないか、りっちゃんをしらけさせていないか確かめたくてたまらなくなっていた。
「今日はどうもありがとう。僕、これで帰るね。また明日、学校で」
 そう言って鞄を持った僕を三人は呆けたような目で見つめ、「ああ、またな」「また明日な」と掠れた声で言った。
 僕は鈴木君の家から駅まで小走りで向かい、電車に揺られ、いつもよりだいぶ遅く帰宅した。

 部屋で制服から私服に着替えている時、ちょうど廊下をりっちゃんが歩く音が聞こえ、僕はあわててシャツのボタンを留めて転がるように廊下に飛び出した。
「りっちゃん!」
 つっかけた靴のかかとをちゃんと履いてないままでリっちゃんに駆け寄る僕に、りっちゃんは目を丸くして、それから「ただいま、悠貴」といつもの落ち着いた声をかけてくれた。
「りっちゃん、おかえりなさい」
 廊下でりっちゃんにまとわりついて、そのままりっちゃんの家に上がる。りっちゃんの部屋に入ってすぐ、りっちゃんが僕を見下ろして頭のぽんぽんと軽く撫でた。
「悠貴、何かあった?」
「………ええと、あの…」
 何と言っていいか分からず口ごもっていると、りっちゃんの視線が僕の胸元で止まった。
「悠貴」
 リっちゃんの目が少し細められ、口角が僅かに上がった。
「ボタン、ずれたまま留めてるよ」
 リっちゃんの指が伸ばされ、慌てて着替えをしたからちゃんと留められていなかったボタンの隙間に触れた。その指先がよれたボタンの合わせ目から直接肌に触れる。りっちゃんの指に触れられた肌はピリッと電気が走ったように感じられた。
「――っ、ん……」
 鼻から思わず漏れた息は甘ったるい音を含んでいて、僕は慌てて口元を覆った。
「悠貴?」
 りっちゃんが僕の顔を覗き込む。
「ぁ……」
 恐る恐る口元を覆った手を離し、僕はりっちゃんを見上げた。
「どうしたの?」
 何があったのかと、いつもと様子が違う僕にりっちゃんは心配そうに見つめる。
 どうしよう。何から言おう。
 頭の中をグルグルといくつかの考えが巡り、気づけば僕はこう口走っていた。
「りっちゃん、僕が雌豚になっても嫌いにならないで」

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