長月の夜 2

 狭いワンルームのアパートに辻を通すと、辻は物珍し気に部屋の中を見回した。
「あんまろり見るなよ。ちゃんと掃除してないから。汚いんだ」
 散らかしてはいないが、ホコリは積もってる。いつもこざっぱりとしていてきれいに掃除されている辻の豪邸とは雲泥の差だ。冷蔵庫から缶ビールを取り出して辻に渡し、フローリングの上に置いたローテーブルに向き合うようにして座った。
「いただきます」
 ビールの缶を開ける辻がとても嬉しそうに笑う。
「どういたしまして」
 冷えたビールを煽ると、辻と二人きりでいる気安さについホッと息が漏れた。ちらりと辻を見る。喉を鳴らしてビールを飲む喉元に、ふいにドキリとした。
「何ですか?」
 俺が見ているのに気付いた辻が、不思議そうに問いかけるから、思わず目を逸らした。
「……別に、なんでも」
 気まずさと、後ろめたさと、そして辻の男らしい喉元と。
 いろいろなものが混ぜこぜになり、俺はどうしたらいいか分からずにテーブルに視線を落とした。その時。
「久野さん」
 ふいに辻が囁くような声で名前を呼び、俺の頬に指先で触れてきた。
「……っ」
 とっさに返事ができずにいると、辻はそのまま俺の頬を手のひらで包み、下へと滑らせる。さっきまでビールの缶を持っていた冷えた指先が首筋をたどり、背筋が震えた。
「………久野さん。キスして、いいですか?」
 いつもなら聞かないのに。
 思わず視線を上げると辻の熱を孕んだ視線とぶつかる。
 何も答えられずにいる俺と目を合わせたまま、辻はほんの僅かに笑って、首筋に触れていた手を後頭部に回し、俺の頭を引き寄せた。
「………」
 抵抗もせず、俺はされるがままに辻と唇を合わせ、間近に辻の匂いを感じる。
 角度を変え、次第に深くなる口づけにいつの間にかテーブルを押しのけて辻の身体に腕を回していた。
「……っ、……は、」
 口腔を深く探る辻の舌は熱くて、キスだけなのにどんどん体温が上がっていく。息苦しくなってキスを解こうとすると、許さないというように辻が俺の後ろ髪を柔らかく掴んで阻止した。
「……んぅ」
 辻の唇が、舌が俺を追いかけて執拗に愛撫する。辻の背中に回した腕で抗議するように背中を軽くたたくと、更に深く舌先を潜り込ませて俺の舌を絡め取った。
 辻とするキスは気持ちいい。
 全然嫌じゃない。
 ………でも。
 もし、これが多喜さんなら。

 ———多喜さんとするキスは、どんな風なのだろう。

 ふいにそんな考えが過り、俺の身体から力が抜けた。
 ………俺、最低だ………

 力の抜けた俺の身体を、どんな風に思ったのか。
 辻は優しく背中を撫で、ちゅ、ちゅ、と軽いキスに変えて何度も唇を優しく吸う。
 一瞬上がりかけた俺の熱はすっと冷め、そして俺を愛しくてたまらないというように優しいキスをしてくれる辻に対して、猛烈な罪悪感に襲われた。

「………辻」
 辻の髪を撫でて名を呼んだ。
 そのまま、辻が着ているTシャツの裾を掴んでまくり上げ、引き締まった腹筋に手のひらを滑らせた。ぴくんと辻の身体が震え、息を飲むのが分かる。
「………」
 危うく「ごめん」と言いそうになってかろうじて言葉を飲み込んだ。かわりに辻のシャツの中に手を潜り込ませ、腹から胸にかけて愛撫する。手の下に辻の心臓の鼓動を感じて、俺はそこで動きを止めた。
 どくんどくんと、強く、熱く。そして早く繰り返される辻の心音に、俺は視線を上げて辻と目を合わせる。
 僅かに濡れたように見える切れ長の瞳の奥を見た瞬間、俺は辻をフローリングの床の上に押し倒して、シャツをまくり上げ、その胸元に唇を寄せていた。
「久野さん」
 驚いたように発せられた辻の声は少し掠れていた。
 辻の逞しい胸元は筋肉がしっかりでき上がっていて、そして風呂に入った後なのかせっけんの匂いがした。
 いくつもキスをして、胸の尖りを唇で挟むと俺の頭上で辻が微かな吐息を漏らすのが聞こえた。舌先で愛撫するように嘗め回す俺の髪を、辻が大きな手のひらで撫でた。
「………久野さん」
 俺の足に辻の股間の昂ぶりが触れる。
 すっかり熱くなっているそこをジーンズの上から触れ、軽く撫でた。
「久野さん、ダメです」
 辻が俺の手をどけようとするのを振り払い、唇に含んだままだった辻の胸の尖りを強く吸い上げると、辻はうめき声を上げた。
「……っ、だめ、久野さん。俺、………」
 言いかけて言葉を濁した辻に、俺は乳首を軽く歯に挟んで甘噛みしながら目線だけを辻へ送った。
「………いいよ。しよう」
 囁くようにそう告げると、辻は目を見開いて俺を見返す。けれど俺の手の下の辻の分身は更に熱く、体積を増した。
「でも、明日も会社……」
「だから、少し手加減してくれ」
 辻の上から身を起こして、ネクタイをほどいてシャツのボタンを外していく。
 そんな俺を辻は呆然と見ていた。
「あと、ここ壁薄いから……俺、声我慢できなさそうだったら、お前が俺の口塞いで」
 辻に突き上げられると絶対に声が出てしまうから、先にそう告げる。
 辻は何とも微妙な表情で俺が着ているものを脱いでいくのを見ていた。
「何見てるんだ。やんないのか?」
 そう問うと、辻は慌てたように首を左右に振って、中途半場に俺がまくり上げたままだったTシャツを自分で脱いで、ようやく俺へと手を伸ばした。

 指までは何とか我慢できた声も、辻のモノを受け入れたところからはもう制御不能になっていた。
 辻のデカいモノは少し動くだけで俺の前立腺を強く押し上げ、俺は必死に自分の口を押えながらも指の隙間から甲高い声が漏れるのを押えることができなかった。
 限界まで足を開き、苦しいくらいに腰を曲げて辻を受け入れ、俺はきつく目を閉じて自分の腕に噛みついた。
「久野さん……怪我、しちまう」
 気づいた辻が、腰を動かすのを中断して俺の腕をそっと外し、くっきりと歯型の付いた俺の腕にキスを落とした。
「……こんな、痕になって。……気づかなくて、ごめんなさい」
 あまりに辻が優しいから、俺はどうしたらいいのかわからなくなり、辻の首に両腕を回した。
 辻のモノを体内に受け入れたまま、俺たちは何度もキスをした。
 動きたいだろうに辻は俺を思いやるように、じっと動かずにいて、俺に唇に繰り返し優しく唇で触れた。
 辻に優しくされればされるほど、申し訳ない気持ちが増して。
 そして辻を受け入れながら、俺の脳裏には時々多喜さんの姿が過った。
 辻が僅かに身じろぐと、俺の中にいる辻の分身の角度が変わる。
 抑えきれない声が漏れると、辻は俺の唇を自分のそれでふさいだ。
「……っ、ふ、……んぅ」
 唇の隙間から籠った声と息が漏れる。辻は深く唇を合わせたまま、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 腰の奥から生まれる強い快楽に俺はぎゅっと目を閉じて辻にしがみつき、両足を辻の腰に絡めた。
 辻の体温を、熱をすぐそばに感じていた。過ぎた快楽のためか、それとも辻のがでかくて苦しいからか、どっちもとても似ていて、理性が働かない時には何がなんだか分からなくなる。とにかく俺の目尻からはいつの間にか涙が流れ、こめかみを伝って耳までこぼれた。
 漏れそうになる高い声は辻の唇の中に吸い取られ、けれどつながった部分からはひっきりなしに甘くてきつい快感を送り込まれて、俺は身体の芯が焦げそうになるほどたまらなくて悶えていた。
 抱きしめた辻の身体は、しっかりとそこにあって。
 そして辻の両腕も、俺をきつく抱きしめていた。
 

神無月