exp 2

 夕闇の迫り始めた学校から駅までの道を並んで歩きながら、青木先輩はまるで昔からの友達みたいに気軽にいろいろと話しかけて来てくれた。おかげで僕も緊張することなく、先輩と世間話をしながら街路樹の下を歩いた。
 隣で先輩の声を聞いていて、ふと思い当たることがあり、僕は足を止めて先輩を見上げた。
「あ」
「ん?」
 先輩も同じように足を止めて僕を見る。
 こうして並ぶと先輩はりっちゃんと同じくらいの長身だった。
「青木先輩って、もしかしてこの間の委員会で司会をしていましたか?」
 先輩の声と話し方をなんとなく覚えていた、というか思い出したからそう尋ねると、先輩は広い肩をひょいと竦めた。
「してたよ。というか、毎回してる。委員長だからね、これでも」
「………そうでしたか」
 委員長の顔も知らなかったとは、呆れられても仕方ないけれど、先輩は怒るでもなく面白そうに僕を見た。
「その、淡々としたところがいいんだよなあ」
「え?」
「それから、ふわっとしたその髪と女の子顔負けの色白な肌。シルエットも」
「は?」
「いつも究極に興味無さそうなのに、ちゃんと真面目に委員会に出てくるし」
「……はあ」
「まさか、顔も名前も覚えてられていないとは思ってなかったけど」
「……すみません」
 さすがにちょっと気まずくて目を逸らすと、青木先輩はあはははは、と明るく笑って、そのままの明るい口調で続けた。
「俺、ずっと宮崎が気になっててさ。たぶん好きなのかなと思うんだ。俺と付き合わない?」

 僕が他人から告白されたのは、正真正銘人生で初めてだったけれど、それは僕からしたら「ほぼ知らない人」だった。学校から駅までの帰り道の往来で、照れもなく明るく爽やかに告白をされたせいで、僕はしばらくの間、それが世間でいう「告白」なのだということに気付かなかった。
「はあ、ありがとうございます」
 なんとなくそう答えて、「え、本当に、いいの?!」という明るく弾んだ青木先輩の声を聞いて、はっと我に返って先輩の顔を見た。それから頭の中でさっきの先輩の言葉を思い返し「あ、間違えた」と思ったけれど、それを口に出す前に先輩に両手を強く握りしめられて「ありがとう、ありがとう、宮崎! 俺、凄く嬉しい、どうしよう、絶対ダメだと思ってたから!」と早口で言われて、今更のように赤くなった先輩の顔を見ているうちに「間違えた」を言うタイミングを完全に失ってしまった。
「正直4月の最初の委員会で、宮崎を一目見た時から気になっててさ超タイプだったから。俺、委員会の間けっこう宮崎に視線送ってたけど、全然目が合ったりとかしないし、ダメかなと思ってた」
 僕らの学校は男子校だから、そういう話しも時々ある。時々だけど。でもまさか、自分に降りかかってくるとは思わなかった。
「卒業する前に告白しようとは思ってたんだけどさ、もう、ダメだろうなと思ってたから、当たって砕ける覚悟で……あー、でも言って良かった言うもんだな!」
 先輩はよっぽど嬉しかったみたいで、笑顔全開で喜びを振りまいていた。
 僕は半分あっけにとられながら先輩の話を聞き、「どのタイミングで間違えましたという言うべきなんだろう」と考えているうちに駅まで来てしまった。
 複数の路線の乗り換えにも使われるターミナル駅は人も多く、夜の入り口の駅は慌ただしく行きかう人の流れで混雑していた。
「宮崎、ライン教えて!」
 駅の改札の前で笑顔全開の先輩に言われて、あたふたとスマホを取り出し、言われるままにラインで友達になる。
「友達」の一番上に出てきた先輩のアイコンは猫の写真だった。
「猫だ」
「ああ、ウチのなーちゃん。超可愛いぞ。今度見に来る?」
「あ、はい」
 と、とてもナチュラルに誘いを受け、それに了解してしまっていた。
「ほんと? いつでもいいぞ。今日でも、明日でも! なんだったら今日これから、来るか?」
 さらにテンションの上がった先輩が僕に問いかけたけれど僕は首を振った。
「いえ、7時までには帰らないといけないので」
 そう答えてから、違ったそうじゃない、間違えたことを言わないと、と思ったけれどそれを訂正する間もなく先輩が驚いた声を上げる。
「え、門限あるの? てか、7時って早くね?」
「え? いえ、門限じゃなくて……」
 訂正しようとしたところで、先輩の手の中のスマホが震えて着信があることを知らせた。スマホに一瞬目を落とした先輩の表情に「タイミングが悪いな」という表情が走る。
「どうぞ、出て下さい」
「あ、悪いな……。じゃあ、また。連絡するから」
 先輩は申し訳なさそうにそう言うと、「じゃあ」とニッコリ笑って手を振った。それにつられるように笑い返すと先輩はもっと嬉しそうな顔になって、そのままの表情でスマホの画面を操作し着信に応答した。話し始めた先輩に背を向けて改札に向けて歩き出しながら、そういえば間違えたことを、まだ伝えていないという事実を思い出す。
 なんだかすっかり先輩のペースに巻き込まれていた。
「……まあ、いいか。後でラインして謝ろう」
 溜息混じりにそう呟き、ホームに続く階段を下りた。

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