exp 3

 最寄りの駅に着く頃にはすっかり辺りは暗くなっていて、夜の空気は少し冷たく感じた。
 去年の今頃はりっちゃんがいなかったからより一層寒かった気がする。りっちゃんが隣に住んでいるかそうでないかで、体感温度もだいぶ違う。間違いなく。
 駅を出て自宅までの道を歩いていると、後ろから「悠貴?」と良く知った、大好きな声が聞こえた。
「りっちゃん!!」
 振り返らなくても分かるから、僕は声の主を探すのと同時にりっちゃんの名前を呼んでいた。駅から出てくる人混みの中にりっちゃんがいて、僕と視線が合うと驚いたように目を丸くした。
「こんな時間まで学校にいたのか?」
 まさかりっちゃんと帰り道が一緒になるとは思わなかった。今日はいろいろあったけど、いろいろあって遅くなったおかげで思いがけないサプライズだ。
 僕は嬉しくてたまらなくて、小走りにりっちゃんのもとに向かう。
「掃除当番だったから。それよりりっちゃん、おかえりなさい」
 本当は今すぐ抱きつきたいんだけど、さすがに駅前の人通りの多い場所でそれはできなくて、僕は「適度な距離感」を保ちながらりっちゃんと並んだ。
 りっちゃんと一緒に家まで帰れるなんて、最高。
「ただいま。掃除当番にしては遅すぎないか?」
 りっちゃんが首をかしげるようにして優しく問う。僕は歩きながらこくんとうなずき、先生と立ち話をしていたこと、資料を運ぶ手伝いをしたことを話した。そして――
「最後に、委員会の先輩に声をかけられて………」
 あ、そうだ。
「僕、その先輩のこと知らなかったんだけど。というか覚えてなかったんだけど、先輩は僕のことを知っててね」
 僕、生まれて初めて告白をされたんだっけ。
「それで、一緒に駅まで………」
 先輩に好きだと言われたことと、付き合ってほしいと言われて間違えて「ありがとうございます」と言ってしまったことを言ってもいいのかどうか分からなくて、僕はちらりとりっちゃんの表情を伺った。
 りっちゃんはいつもの優しい笑顔で僕の話を聞きながら頷いている。歩きながら僕と目が合い、「ん?」というように首を傾げた。
「なに?」
「……ううん。なんでもない」
 なんとなく、先輩から告白されたことを言うのが躊躇われて、僕は曖昧に誤魔化してしまった。
 もし僕が、本当に先輩と付き合ったら、りっちゃんはどう思うんだろう?
 どんな反応をするんだろう。
 そんなことを考えながら、りっちゃんと一緒にエレベーターに乗り、僕はずっと上の空だった。せっかくりっちゃんと一緒にいるのに。
 いつもお邪魔しているりっちゃんの家の夕食の席にも、なんとなく行く気になれなくて、それぞれの家の前で「またね」と別れた。

 夕ご飯を食べてお風呂に入り部屋に戻ると、先輩からラインのメッセージが届いていた。
 どうでもいいような他愛ない内容のメッセージにあたりさわりのない返信を返して、スマホを机の上に伏せて置く。
 そういえばりっちゃんとは家が隣同士て、必要があれば僕がりっちゃんに会いに行くから、僕はりっちゃんとはラインをしていない。というか、りっちゃんってラインを使ったりするのかな? そういえばそんなことも知らないことに、今気づいた。
 伏せたままのスマホを眺めながら「意外とりっちゃんのことを知らないかもしれない」ということに、僕はけっこうショックを受けていた。

 その晩はいつものようにりっちゃんの部屋には行かなかった。
 僕は寝つきが良いほうではなくて、眠りも浅い。でもりっちゃんの腕に包まれてりっちゃんの鼓動を聞いているとすうっと眠れることが多い。
 行っても良かったんだけど。
 僕は自分のベッドの中で毛布を握り締め、天井を見つめたまま、ずっとりっちゃんのことを考えていた。

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