神無月 1

「久野さん」
 金曜の夜は決まって辻の家で食事をしたあと、交代で湯を使ってそのまま辻の布団の上で絡み合う。
 辻の体温にすっかり慣れた俺の身体は、辻の下で安心して力を抜くことができて、そしていたたまれないくらいに激しく乱される。最初は甘く優しく始まるそれは、夜が更けるにつれて獣のように激しくなり、俺はいつも辻に抱きしめられながら甘い声を上げて喉を枯らした。
 情事のあと、荒くなっていた息がようやく整い汗が引き始めた頃に辻が俺の隣で呼びかける。疲れ果てて今にも意識が落ちそうだけれど、俺は視線で動かして隣に横たわる辻を見た。
「……」
 辻は俺を呼んだけれど何を言うわけでもなく、視線を合わせると満足気に微笑んだのが薄闇の中で分かった。開いたままのカーテンの隙間からは満月に近い形になった明るい月明りが入り込み、辻の顔を照らし出した。深い陰影ができた辻の顔にぞくりとする色気を感じて、俺は辻と視線を合わせたまま息を飲む。俺が何を感じたかを知ってか知らずか、辻はゆっくりと半身を起こし、俺の指に自分の指を絡めて上へ引き上げた。
「……」
 辻のくちびるが少しだけ動いて何かをつぶやいたようだけれど、音にはならず、俺は布団の上に横たわったまま辻を黙って見上げた。
 辻は絡めた俺の指先にキスを落とし、そのまま手の甲、手首へとキスを移す。肘を過ぎ二の腕の内側にくちびるが触れると、知らず体が緊張した。二の腕の内側、腋に近いところは辻によって暴かれた俺の性感帯で、くちびるが触れるだけでも身体の芯に燻る熱が引き出されそうだ。息を止めることで呼吸の乱れを隠そうとする俺を知ってか知らずか、辻はそこを強く吸い上げて赤い痕を残した。少し顔を離して仕上がりを確認すると満足そうに俺の手を布団の上に下ろす。それから胸元に顔を寄せ、胸の尖りのすぐ脇にもキスの痕を付けた。
「………ん」
 もうこれ以上は体力がもたない。無理だ。
 なのに辻に触れられるだけで、俺のくちびるからは甘い息が音を伴ってこぼれてしまう。
 俺がかすかに漏らした声をしっかりと聞きとめた辻は、頭をずらして脇腹に軽く噛みつく。
「……っ、……あ」
 弱いところばっかり狙いやがって。
 抗議のつもりで伸ばした手は辻の髪を乱し、けれど辻の舌が薄い皮膚の上を辿ると、俺は腰を浮かせて乱れた息に声を乗せてしまった。

 翌日は昼まで起きることができず、辻は寝ている俺の枕元で本を読みながら片手で俺の身体に触れていた。
 10月の空は高く、鳥の鳴く声が聞こえる。
 辻の隣でまどろみながら、なんだか懐かしい夢を見ていたような気がする。

 日曜の夜に自宅に戻りシャワーを浴びてから鏡を見て、初めて首筋のかなりきわどい部分にもキスの痕が残っていることに気づいた。シャツで隠れるか隠れないかのギリギリのライン。
 いつも辻はそのあたりは気を付けていて見えるような場所には痕を付けない。というよりもキスマーク自体つけることがあまりなかった。明日の朝会ったら文句を言ってやろうかとも思ったが、わざとではないからと思い返す。指先で触れた赤い鬱血痕はまだしばらく消えそうになかった。

 
 月曜の午後、昼食を取ってフロアに戻ると多喜さんが俺を手招いてミーティングスペースに呼んだ。
「これからオープンになるんだけど、来月の移動で佐渡が大阪に転勤になった。後任は入らないんだが、辻が育ってきたから1人立ちさせる。それで、佐渡の担当先を久野が引き継いで、君の担当先を半分辻に引き渡して欲しいと思っている」
 佐渡さんが担当していた先は難しいことを言ってくる客が多く正直面倒だと思ったが、その反面その大変な先を任されるということは多喜さんに信頼されている証拠だと思え、戸惑いと同時に嬉しさが胸に宿った。
「これから大変になるけど、任せてもいいか?」
 多喜さんに問いかけられて、俺は間をおかず頷いた。
「もちろんです」
「ありがとう。やっぱり久野は頼りになる。これ、太線で囲ってあるところが新しく引き継いでもらう先だ。で、こっちのリストの下半分が、辻に引き継いでもらう先として考えてる。今日の午後からでも引き継ぎを始めて欲しい」
「わかりました」
 すでに用意されていた新しい担当先のリストを渡され目をざっと通した。担当先がずいぶん増えるが、たぶん大丈夫だ。多喜さんから俺はたくさんのことを教えてもらった。この半年、辻の面倒を見たことで自分のブラッシュアップにもなってる。リストから顔を上げると多喜さんと目が合った。
「久野、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。俺もできる限りサポートするから」
 多喜さんの柔らかい声に、俺は自然と微笑んで頷いていた。この人が上司でいてくれるなら、何も心配ない。自然とそう思えた。

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