アンバー 33

 初めて使うその小屋はビルの四Fで、氷河たちは苦労してトラックに積んできた荷物を全て運び出した。
 床にパンチを敷き、暗幕を張る。皆で装置のパーツを組み立てているのを見下ろしながら、脚立に上った氷河は、天井のぶどう棚と呼ばれるパイプに灯体を吊るし、配線図を見ながらコードをつないでいく。
 天井に備え付けられたスピーカーからは劇中で使う音楽が流れ、バンランスのチェックが始まっていた。
 あの夜、三人で夜明けまでかかって作り上げたパーツたちが江沢の指示により一つにまとまっていく。
 舞台の奥に、白い巨大なオブジェが出来上がったのは、その日の夕方になってからだった。
 オブジェが完成する頃には、何も無かった空っぽの空間に、袖が作られ、照明が点り、立派な舞台が出来上がりつつあった。
「……すごいな」
 ブースに入り、照明卓を操作して回路チェックをしながら呟きが漏れる。白いオブジェはそれだけで壮大な物語を語っているかのようだた。
 隠し階段や、隠れた扉がついているそれは、全体に凹凸があり、白い壁面にあたる照明の灯りに変化をつける。江沢の言ったとおり、「照明オペしながら、ドキドキが止まらないくらいの」舞台になっていた。興奮を抑えながらフェーダーを操作する。
 本番が待ち遠しかった。

 翌日、シュートと場当たりを終え、ゲネプロが無事完了した。
 ゲネプロを見て、氷河は胸がいっぱいだった。
 これまで苦労して作ってきたものが、カタチになる。たった二日間、四ステージだけの夢だが、それは拙くとも限りなく輝く。
 散々氷河を悩ませた照明も、実際に見てみるとそこそこ目指したものに近くはなっていた。
 まだ詰めたい部分はあったが、なんとかここまで漕ぎつけたかと思うと感動もひとしおだった。
 いや、明日からが本番。まだ気を抜くのは早い。
 それでも、何とかなりそうだ。自信を持って客に見せられるものになった。
 そう思うと、妙に心が軽かった。

 土曜と日曜のソワレ、マチネ。
 チケットの予約はいっぱいで、立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。
 三回のステージが終了し、千秋楽の客入れが始まる直前、ロビーでお茶を飲んでいると制作の鹿野が嬉しそうに話しかけてきた。
「今までに無く、客が入ってるんだよ。多分ヒカリちゃんがいるからだと思うんだけどさ」
「ヒカリちゃん?」
「そう。明らかにウチの大学の学生から予約の電話が来てさ、『若宮ヒカリさんが出るんですよね』って。そんなのが数件あった。あ、しかもさ、さっきヒカリちゃん宛にすげーでかい花も届いたんだぜ、しかも、匿名」
「えぇ?」
「あれ、あそこ」
 指された方を見ると、バラをメインとした華やかなアレンジメントが受付の脇のテーブルの上に飾られている。確かに朝には無かった代物だった。
「匿名?」
「そう。すごいよなぁ」
 無邪気に喜ぶ鹿野を見ながら、なんとなく嫌な感じを氷河は味わっていた。
 劇団といっても、大学の部活で規模は小さい。ファンがいるような劇団ではないうえ、ヒカリは初舞台なのだ。
 ……一体、誰が?
 そんな自分の不安を払拭するように氷河は頭を振った。
 これから本番だ。余計な事を考えている余裕はない。成功させる事だけを考えなくては。
 気分を変えようと鹿野の手元のチケット管理表を覗き込んだ。キャパは七十なのにそれを越す予約が入っていた。
「ウチの公演で、こんなに客入った事、無かったんじゃない?」
 問い掛けると、鹿野が嬉しそうに頷く。
「無い無い。初めてだよ。制作やってて今日が最高に嬉しい。やっぱ、お客さん入っての制作だからな。桟敷席もいっぱいになるよ。予備の椅子も出さないとだな」
 そんな鹿野を見ていると氷河もようやく嬉しくなってきた。

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