アンバー 37

 救急車に乗せられ、近くの病院に運ばれた氷河はすぐに緊急手術に入った。
 桜木は手術室の前のベンチで、震える両手を握り締めて祈った。べっとりと両手についていた氷河の血液はいつのまにか乾いていたが、どんなに両手を握り締めても震えは止まらなかった。
 きつく目を閉じ、ひたすら祈りつづけた。
 神様、神様、どうか……
 それだけを、意味もなく心の中で、それだけを呼びかけていた。
 時間がたつのがひたすら遅く、そして早く感じられた。
 愛しいあの人は、まだ固く閉ざされた扉の奥にいる。その扉は永遠に開かないかのように思われた。
「桜木」
 自分の名前を呼ばれて機械的に顔を上げると、江沢が白い顔でタオルを差し出した。
「顔と、手、拭けよ」
「え……?」
「いい男が台無しだぞ。……越智が、そんな桜木を見たらショックを受ける」
 強引にタオルを握らされ、初めて自分が泣いている事に気づいた。
「あ……」
 なんと言っていいか、どうしていいか分からずに江沢を見つめていると、乱暴に桜木の隣に腰を下ろし、タオルを奪い取るとそれでごしごしと桜木の顔を拭いた。
「大丈夫だ、越智はそんなヤワな男じゃない。あいつはこれからしなくちゃいけない事がたくさんあるんだから。絶対大丈夫だ」
 江沢は桜木の瞳を真っ直ぐに見つめ、自分に言い聞かせるかのように繰り返した。
 病院の薄暗い廊下に、江沢の声が響いていた。

 氷河が意識を取り戻した時、枕もとには九州にいるはずの母親の顔があった。
 ぼんやりと母の顔を眺めていると、それが不意にゆがみ、大声を上げて泣き出した。
「氷河……、この子は……!」
 氷河の寝ているベッドに顔を伏せ、わんわんと泣く母親の声に看護婦がやってきた。
 手術の後、数日間意識が戻らなかった事を、氷河は枕もとで質問を繰りかえす医師に聞いた。
 医師曰く、
「傷よりも出血多量で危なかったんだよ、君。それにしてもストーカーを捕まえようとしたんだってね? 男の子だねぇ。まぁ、命があって良かったよ。二週間入院だからね、安静にね」
 という事だった。
 枕もとで鼻をすすり上げる母に
「あー、すげー良く寝た……」
 というと、平手で額を叩かれた。
「何すんだよ、怪我人にっ!」
 抗議をすると、母は子供の頃に悪戯をした氷河を叱った顔で怒鳴った。
「人ば散々心配させて、どがんつもり?!」
 そんな母を見てやっと、あぁ俺は生きてるんだ、と実感した氷河だった。

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