アンバー 39

 翌日、こちらも泣きはらした顔のヒカリが見舞いに来た。
 ヒカリがそんな顔をしている理由を瞬時に悟った氷河は、ヒカリが何か言う前に一気にしゃべった。
「言っとくけど、ヒカリちゃんが責任感じる必要はぜんっぜん無いんだからね。分かってる? って言っても、ヒカリちゃんはきっと納得しないんだろう。で、もし俺のために何とかしたいとか思ってくれるんだったら、再来月、外部の劇団に照明の仕事しに行くから、それにアシスタントでついて。役者のほかに、スタッフの仕事も何か一つ覚えてよ。で、これから仕込みの時は助けて。照明一人で仕込みって結構きつかったからさ」
 息もつかず、それだけを強引に告げると、びっくりした顔でそれを聞いていたヒカリはやがて泣き笑いの表情になった。
 それからヒカリは、氷河の退院まで病院で照明のレクチャーを受ける事になる。

 退院の日、部員達が病院に勢ぞろいした。
「来なくていいって言ったのに……」
 毎日毎日、皆が面会に来てくれ、その度に漫画やゲームやお菓子や、こっそり酒を差し入れてくれた。
 素直に口には出せないが、大好きな仲間たちを眺め、思わず憎まれ口を叩くと、江沢が肘で突付き、耳元で囁いた。
「もしかして、桜木にもその調子なわけ?」
「なっ……!」
 真っ赤になって江沢の頭を叩くと、明るい笑い声を上げた。
「今日は、これから打ち上げなんだ。お前、打ち上げられなかっただろ?」
「あ、そういえば……」
 すっかり忘れていたが、乾杯すら出来なかったのだ。
 それに気づき、一緒に芝居を打った面々を見つめる。
 病室の外は眩しいほどの青空が広がっていた。

 学校はそのまま夏休みに突入し、氷河は桜木の連絡先を知らなかった事に今更ながら気づいた。
 ヒカリに聞けば教えてくれるのだろうが、なんとなくそうするのも躊躇われた。
 あれから入院している間、桜木は毎日見舞いに来てくれたが、あくまで年下の友人として接し、氷河は再び混乱していた。
 刺され、桜木が来てくれて、意識を失う直前に自分の気持ちを告げたような気がしていたのだが、あれは夢だったのだろうか?
 朦朧としていただけに自信が無かった。
 ……桜木と話したいなぁ
 自室でごろごろしながらそんな事を考えていると、チャイムが鳴った。江沢かな、と思いながら、「開いてるよ!」と怒鳴ると、ドアの開く音と供に桜木が顔を出した。
「……あ! 桜木」
 思いも寄らない客の登場に慌てて起き上がると、桜木が「おじゃまします」と言いながら部屋に入ってきた。
「氷河さんの連絡先が分からなくて……直接来ちゃいました。大丈夫でした?」
「大丈夫大丈夫! え、でもどうしたんだよ、いきなり」
 かなり焦りながら桜木に座布団を差し出すと、桜木は手にしていたビニール袋を差し出しそこに座る。
「退院祝いです。……大丈夫ですか、傷は?」
「ああ、すっかりいいけど……」
 ビニール袋を受け取りながら中身を確かめる。
「おー、ビールだ。ありがと。飲もうぜ」
 冷えたビールに気を良くして桜木に一本を渡す。自分の分も一本テーブルの上に置き、残りを冷蔵庫に入れて戻ってくると、桜木が真剣な表情で氷河を見た。
「乾杯の前に……確認したい事があるんです」
「何?」
 氷河は桜木の前に座り、その瞳を見つめた。そして急に、二人きりでいるという事に気づき、あたふたする。
「あ、あのさぁ、先にビール飲まない? ぬるくなったらまずいだろ?」
 緊張した自分に気づかれないように視線を外して、ビールのプルトップを開けた。
「氷河さん」
 しかし、桜木はそれを奪い、体を近づけ氷河を壁際に追い詰めた。
「な、なにっ?!」
 思いもかけなかった展開に氷河の声が裏返る。桜木は正面から氷河を見つめ、静かに問い掛けた。
「打ち上げの時……氷河さん、刺されて気を失う直前に言った事、覚えてますか?」
 間近できらめく桜木の瞳に目を奪われたまま、氷河は何も考えずにこくりと頷いた。
「……あれ、信じていいんですか?」
 桜木の豊かなバリトンが氷河の耳に滑り込んだ。
 氷河は意味を図りかねて桜木を見つめる。
「……え、何で……?」
「あの時……切羽詰ってたでしょう? だから……訳も分からず口走ったんじゃないかと思って……あれは、本心ですか?」
 桜木の問いに、氷河はムッとした。
「……あんな状態の時に、嘘をつく余裕があるかよ。ああいう時だからこそ、本音だとは思わないわけ?」
 睨み付けてやると、桜木が驚いた顔をし、それから表情をくしゃくしゃにしてぎゅっと氷河を抱きしめた。
「ちょ、桜木…っ?」
 細いくせに力強い腕の中でもがくと、桜木が妙に艶のある声で言う。
「……もう一回、聞かせて下さい」
「は?」
「だから……あの時のせりふ、もう一度言って下さいよ……」
 その言葉に氷河は真っ赤になった。
「い、嫌だよ! 男はああいう事は何回も言わないんだっ!」
「俺は何回でも言えますよ。氷河さんがおなか一杯ってくらい、言えます。氷河さんが好きです、誰よりも好きです、こんなに誰かを想ったのは初めてってくらい。最高に好きなんです」
「うわぁぁーっ、いいっ、もうやめろーー!」
 あまりの恥ずかしさにパニックを起こしじたばたすると、桜木は更に力を入れて氷河を押さえつけた。
「そんなに何回も言うなっ! 一度言えば充分なんだからっ! お前がどれだけ繰り返しても俺は絶対に言わないからなっ!」
「いいじゃないですか。だって、せっかく嬉しい事を言ってくれたのに、あの状況ですよ? かみ締める暇も無かったんですから」
「しょうがないだろ?!」
「俺、夢を見ていたのかと思いました」
 ふいに腕の力を弱め、あんまりしみじみと桜木が言うので、思わず氷河も同意した。
「俺も。お前がいつもと変わらない態度だったから、『桜木が好きだ』って言った夢を見たのか……と…………っ!!」
 意図せずこぼれた告白に氷河は再び真っ赤になり、桜木は歓声を上げて更に強く抱きしめて来た。

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